
前回の記事では購買前のお客様の行動を把握することの重要性と、そのために小売アプリは可能な限り早い段階でインストールしていただき、アプリで接客できるようにすること、そして、その実現には、クーポンやポイントカードのような購買時のメリットの訴求ではなく、店内でのお買い物体験を向上させる体験訴求型のアピールが必要であることをお伝えさせていただきました。
また、弊社調査のホワイトペーパーから、特に若年層がいわゆるモノ消費からコト消費へシフトしている様子を読み取り、これからの小売アプリは購買時にしか用事がないものから変わっていかなくてはいけないという筆者の考えを書かせていただきました。
ただ、そういった小売アプリを作ろうと思ったとき、インストールのタイミングを変えていくには、メリットの訴求を工夫すること以外にも重要なことがあります。
篠田 健吾
株式会社アイリッジ
IT系企業での新規事業立ち上げや、アプリプラットフォームの企画・開発に携わり、2025年に株式会社アイリッジ入社。
小売系アプリの企画・提案実績が豊富で、自身のスマホに研究目的でインストールしているアプリの数が1,000を超えるアプリマニアでもある。
アイリッジ アプリ成長支援サービス
https://iridge.jp/service/app_growth
会員登録をできる限り後回しにする
小売アプリのインストールを、来店時や来店前などできる限り早いタイミングで済ませていただいて接客のタッチポイントとして活用しようと考えたとき、会員登録の作業にかかる手間が大きな課題になってきます。
前回、レジ前で手間と時間がかかる会員登録をさせるようなことは避けるべきという話をしましたが、ではそれ以外の状況ならおすすめするタイミングはいつでもかまわないのでしょうか。
これはみなさんもすぐわかると思いますが、会員登録はレジ前のような急かされる状況であろうがなかろうが、手間がかかることが体験的にわかっている面倒な作業です。自らすすんでやりたいと思う人などいません。
クーポンやポイントカードのように金銭的メリットが明白なものがあれば、そのために仕方なく会員登録の作業をしてくれるかもしれませんが、今回考えているような来店時や来店前のタイミングでは、まだお客様は商品を買うかどうかも決めていない状態です。気軽に来店して、気に入らなければすぐに帰りたいという状況で、いくら便利だとアピールされても会員登録の作業を強要されて個人情報を入れようなんて誰も思いません。
そのため、購買前の段階から使っていただくアプリは会員登録のような手間なくすぐに使い始めることができ、お客様が会員登録の手間と引き換えにしてもよいと思えるメリットが提供されるタイミングまで、会員登録せずとも使えるアプリにしておくことが重要です。
余談ですが、AppleのApp Reviewガイドラインには「アカウント情報をベースにした重要な機能を実装しているものでない限り、アプリにログインせずに使用できるようにしてください。」という一文があります。
アプリは基本的に会員登録(アカウント登録) やログインをしなくても使い始めることができるようにする必要があり、これを満たさないアプリはAppleの審査を通りません。
こういう制約もありますので、どうせ作るなら会員登録をやたらと急かすよりは、お客様にとって最もメリットがあるタイミングで登録をお願いするアプリにすることを最初から考えていくのがよいと思います。
※引用元 2026年8月23日時点のApple社 App Reviewガイドライン 5.1.1 (v)
会員登録されてなくてもアプリマーケティングはできる

さて、会員登録なく利用できるようにした小売アプリで、購買前のお客様と接点を持つことができ、接客サービスを提供できるようになったとしましょう。
しかし、お客様はまだ商品を買おうと決めているわけではありません。今日は見に来ただけでもう少し考えてから、という行動は一般的なものです。いくら接点が持てたと言っても会員登録もせずに帰られてしまったら、結局その人が誰だったかもわからず何もできないのでは? と思われるかもしれません。
これは結構あるあるな勘違いだと筆者は思っているのですが、実際は会員登録のようなことをしていなくても、アプリによって接点を持てていれば、そのお客様に対してこちらからアクションを取ることは十分可能です。

そもそもアプリのプッシュ通知というものは、会員登録などの煩わしいステップを踏まずとも配信可能な仕組みになっています。
これはユーザーからプッシュ通知の許諾を得ることで、そのデバイスを特定するための情報を受け取ることができ、その情報を元に通知を送れるようになっているからです。
この仕組みがあるおかげで、アプリを使えばメールアドレスなどの情報を持たずともユーザーとの接点を持つことは可能になっています。
また、アプリの場合は機種変更や削除が行われない限り、プッシュ通知用に得られたデバイスを特定する情報なども含め、同一の利用者を識別し続けることは難しくありません。
ここ数年Cookieへの規制が強化され、ユーザーをトラッキングすること自体がかなり難しくなっていますが、ウェブとは異なりアプリはログインせずともユーザー単位(厳密には端末単位)の特定が容易で、その行動ログを蓄積することも可能という強みがあります。
つまり「氏名は不明だが、どのような興味関心を持っているかは把握できている」という匿名状態でのマーケティングが可能になるということです。この点において、アプリは極めて優秀なチャネルになります。
アプリはよくゼロパーティデータの収集源として優れているという話を耳にされると思いますが、実はゼロパーティデータすらない状況でも匿名マーケティングが実現できるという特性を持っているのです。
そのため、購入を検討している最中の方や、セールの到来を待機している方、あるいは購入自体を失念してしまっている方など、まだ会員登録を促すには時期尚早なフェーズのユーザーに対しても、とりあえずアプリさえ入れていただけたら、パーソナライズされた施策を展開することは十分に可能なのです。
こうしたアプリならではの利点を活用しない手はありません。Cookie規制が叫ばれる現代において、アプリの重要性は以前にも増して高まっていると言えるでしょう。
それでも会員登録の手間は最小限にしたい
そうは言っても、匿名状態のマーケティングを未来永劫続けていくのも、これはこれで難しいところがあります。クーポンの利用管理をちゃんとしようと思うと、機種変更でデータが飛んでしまうような管理形態では問題がありますし、EC機能があるアプリなら住所氏名がないと商品をお届けできないので匿名状態のままではさすがに辛いでしょう。
会員登録の作業が面倒に感じられるのは、手入力させられる項目が多すぎるからです。しかもその作業はどのサービスであってもほぼ同じで、さまざまなサービスでほぼ同じ作業を何度もさせられていることも、会員登録を煩わしく思ってしまう気持ちをさらに強めていると思います。
もちろんブラウザやパスワード管理アプリのようなものが気を利かせて、フォームにある決まり切った個人情報の入力部分を、端末に持っているユーザーの情報を使ってサポートしてくれる場合もあります。
ただこういった便利機能も、氏名の入力が1つだったり姓名の入力欄が分かれてたり、住所が全部手入力のところもあれば都道府県と市区町村は選択式だったり、丁目や番地をハイフン含めて全角にしないとNGになったりと、サービスごとに入力フォーマットがあまりにバラバラなため、意図した自動入力がされずにかえって修正の手間がかかってしまうこともよくあります。
筆者はこのストレスを解消するための手として、マイナンバーカードの読み取り機能を使うのがよいのではないかと最近は考えています。
マイナンバーカードの読み取り技術は、もともと厳格な本人確認を目的としたeKYC(電子本人確認)の実現のために考えられたものです。
かつてのeKYCと言えば、免許証やカードをさまざまな角度からカメラに収めたり、自身の顔を自撮りしたりといった手間のかかる作業をさせられることが多く、心理的にも物理的にも障壁の高い作業というイメージが強かったのではないでしょうか。
しかし昨今では、マイナポータルへのログインと同様、スマートフォンをカードにかざしてICチップを直接スキャンする手法が主流となりつつあります。
この方法であれば、4桁の暗証番号を入力するだけで本人認証が済むだけでなく、チップ内の基本4情報(氏名・住所・生年月日・性別)を正確に抽出することができます。これを会員登録フローに組み込めば、あの煩わしい手入力のプロセスを劇的に簡略化できます。入力ミスによるストレスからも解放される可能性が高く、かなりメリットが大きいと筆者は考えています。大半の会員登録は取得した情報に連絡先とパスワードを添えるだけで、登録作業はほぼ完結してしまうでしょう。
さらに、昨年よりiPhoneへのマイナンバーカード取り込みが解禁されたことで、FaceIDやTouchIDといった生体認証のみでカード読み取りと同等の処理が可能になりました。これを利用すれば、ユーザーの負荷は極限まで抑えられるようになります。

もっとも、この仕組みは本人認証を行うことを目的としているため、実施にあたってはLiquid社やTRUSTDOCK社のような認定事業者などのサービス活用が不可欠であり、認証1件ごとに相応のコストが発生するというビジネス上の課題は残ります。
ただ、仮にEC事業者がこれを活用できれば、マイナンバーカードによる本人確認の担保によって、いわゆる「複アカ」の乱造を物理的に封じる強力な一手にもなり得ます。
最近は転売目的のユーザーによって一般消費者が迷惑を受ける事例も多く見かけますので、単に会員登録の手間を減らすだけでなく、こういったメリットも合わせて検討材料とするのもよいかもしれません。
そもそも個人情報を取る必要はあるのか?
さて、最終的にはやらないといけない面倒な会員登録について、マイナンバーカードなどを活用して手間を減らす工夫を考えてきましたが、そもそも本当に個人情報を取って会員登録をしてもらう必要はあるのか?という話を少ししたいと思います。
小売アプリに限った話ではありませんが、会員登録をする際はメールアドレスをIDとして、住所、氏名、生年月日、電話番号あたりが項目として定番になってきます。マイナンバーカードを読み取ることでこれらの入力の大半を自動化できるメリットが得られるのも、そもそもこれらが登録項目として一般的に必須になってしまっているからです。
しかし、筆者は研究目的も含めて相当な数の小売アプリに個人情報を提供していますが、大半はメールマガジンが来るところまでで、わざわざ住所を建物名まで丁寧に入力しているのに、マーケティング目的で自宅にDMが来たことはほとんどありません。アパレル関連でセールの案内が届くことはありましたが、スーパーマーケットやドラッグストアから届いた記憶はありません。電話にいたっては、10年くらい遡っても一度もかかってきたことがないように思います。
つまり、大半の小売アプリは個人情報をリスクを抱えて取得し、大量に蓄積しているにも関わらず、ほとんど利活用できていないということです。
では、はがきのDMや電話マーケティングの回数を増やしてデータを活用しましょうって話なのかというと、おそらくそういうことではないでしょう。単に使い道もなければ使うつもりもないデータを、なんとなく取得してしまっているだけのように思います。
唯一活用されているように見えるメールマガジンについても、アプリを導入してマーケティングに活用していくならプッシュ通知でも十分代用が可能になってきます(プッシュ通知だけではユーザーに拒否されると手詰まりになるので、機能的な工夫や代替チャネルを用意しておく必要はありますが)。
もちろんブランドの持つイメージや業種によっては、特別感を出すために、あえて高級感のある封書のDMを送るといった手段が必要になることもあるので一概には言えませんが、会員登録で当たり前に必要だと思っている項目についても、この先ずっと本当に必要かどうかはよく考えたほうがいいのではないかと筆者は考えます。
最後に一つ、面白い事例を紹介したいと思います。
100日間、毎日同じコンビニで同じ商品『ビスコ』を買い続けたら、あだ名をつけられるのかという実験をしたお話です。
https://note.com/mutekiinc/n/n773f51e01077
このことは個人で書いているnoteでも触れたことがあるのですが、長期間にわたって毎日ビスコを買い続ける異常行動(失礼)を繰り返した結果、店員さんは「ビスコのお兄さん」と密かにニックネームをつける形で顧客認識をするようになり、「必ずレシートを要求する」という特徴も認識します。
その結果、店員さんはビスコのお兄さんを認識して毎日接客し、「必ずレシートを渡す」というカスタマイズされた顧客体験を提供するようになります。
この事例を見ると商売する上で名前を把握することは必須要件ではないことがわかります。店員さんが勝手に「ビスコのお兄さん」というユニークなコードネームをつけて、それで十分に事足りています。自身の経験を振り返っても、店員さんにそれなりに認知され、挨拶するくらいにはなっているのにお互い名前を知らない事例なんていくらでもあることに気づかされます。
我々は会員登録といえば氏名が必須と思い込みがちですが、こういう話に触れ、思い込みにとらわれずに考え直すことも必要だなと筆者が思うきっかけになったという話でした。
https://iridge.jp/contact/contact_app_growth
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