
会員証やポイントカードの代わりになってくれる小売アプリ。クーポン機能やEC機能を備えているものも多く、オムニチャネルやOMO(Online Merges with Offline:オンラインとオフラインを融合させること)、DXの推進といった話の中では欠かせない存在となってきています。
ただ、アプリはインストールの手間がかかるため、ユーザーに導入してもらう敷居が高いという欠点があります。そのため、どういうタイミングならユーザーにインストールしてもらいやすいのか、というテーマがこの界隈でよく取り上げられます。
10年以上前のオムニチャネル黎明期とも呼べる頃は「購買前がベスト」とよく言われていました。リアル店舗であればレジ前、ECであればカゴに入った商品の購入手続きを開始するタイミングです。この話は筆者も当時よくしていました。
しかし、最近は必ずしもそうではないのでは? と考えるようになっています。今回はこのことについて書いてみたいと思います。
篠田 健吾
株式会社アイリッジ
IT系企業での新規事業立ち上げや、アプリプラットフォームの企画・開発に携わり、2025年に株式会社アイリッジ入社。
小売系アプリの企画・提案実績が豊富で、自身のスマホに研究目的でインストールしているアプリの数が1,000を超えるアプリマニアでもある。
アイリッジ アプリ成長支援サービス
https://iridge.jp/service/app_growth
購買直前にインストールをすすめるには条件がある
リアル店舗のレジ前でインストールをすすめる場合、「アプリを入れていただければ、いますぐポイントが貯まりますよ」といったアナウンスをフックにすることが定番です。これは、小売アプリが登場しはじめた当時からよく使われている常套句なんですが、これには会員登録などの面倒な手続きをしなくてもすぐに使えるアプリであることが必須の条件になってきます。
このことは先日弊社が実施した調査からも読み取ることができます。実際、会員証機能があるアプリに対する厳しい意見が多く寄せられていました。
https://iridge.jp/content/report_usage-app-membership-card-2026/
さまざまな不満がアンケートの結果に出ていますが、共通しているのはアプリのせいでレジ前で時間・手間をかけさせられることに強いストレスを感じているという点です。
特にスーパーマーケットやドラッグストアなどの業態では顕著ですが、レジでのやり取りにもたついてしまうと、どうしても後ろに並んでいる他のお客様のことが気になってしまいます。お釣りの準備に手間取って焦ってしまい、結局ポイントカードやクーポンを使わずに諦めてしまった経験はみなさんにもあるのではないでしょうか?
この原因をアプリが作ってしまったら、不満の矛先はすべてアプリに向いてしまいます。その場でアンインストールの最有力候補に格上げです。
このような苦い思い出があるお客様にしてみたら、レジ前でアプリをインストールするなんてとんでもない話に聞こえます。たとえ本当にすぐに使えるアプリだったとしても、そもそもかなりの抵抗感があることは織り込み済みでおすすめしなければいけません。
また、アプリをすすめる側の店舗スタッフにも同じことがいえます。レジの混雑を誘発してしまうような手間のかかるアプリは、本部から指示があろうとレジ前でおすすめしたくないと考えてしまいます。
筆者は調査目的でさまざまな小売アプリを使って実際に買い物をしてみることが多いのですが、お店側がアプリを全然勧めてこなかったり、アプリのことを聞くとまるで厄介者のような扱いで対応されてしまったりすることが結構あります。
インストールしたらすぐに使えるアプリになっているか。まずこれができていなければ購買直前にすすめるのは逆効果になってしまいますし、できていてもなおハードルは高いのです。さらに現場の協力が得られなければ推進はできません。事業側の都合だけでいくら命令したところで、うまくはいかないということです。
何が「すぐに使える」のか?
では、レジ前ですぐに使えるなら小売アプリとしておすすめできると言っていいのでしょうか。この「すぐに使える」というところについても、もう少し考えてみたいと思います。
小売アプリに対してお客様が何を期待しているか、その傾向がわかる調査も弊社で実施しています。この中に小売アプリのPush通知についてどんなお知らせを期待しているかという設問があり、30代以上の方の場合は業種にかかわらずクーポンが圧倒的に多いことがわかります。
https://iridge.jp/content/report_usage-push-notifications-2025-retail/
では、この期待されているクーポン機能は、レジ前でインストールしてすぐに使えるようになるのでしょうか?
答えは基本的にNOです。みなさんの手元にある小売アプリを実際に見てみるとわかると思いますが、クーポン機能は会員登録後でないと使えないことが多いはずです。
これにはクーポンの利用状況を会員情報と紐付けて分析したいという、事業者側都合の理由が1つ挙げられます。自社での活用はもちろん、クーポンをメーカー負担で提供してもらう代わりに利用データをフィードバックすることも多いので、それができないと困ってしまいます。
ですが、おそらく一番大きい理由はクーポンの利用状況を会員情報と紐付けて管理しておかないと、アプリを削除して再インストールするだけで同じクーポンがまた使えるようになってしまうからだと思います。アプリインストール特典のクーポンが誰でも思いつく簡単な操作で何度でも使えてしまったら笑い話にもなりません(そういう作りになっているアプリも多いですが…)。
こういった理由もあって、アプリをインストールしただけですぐにクーポンを提供するのは意外と難しいのですが、お客様が小売アプリへ期待することとしてクーポンの比重が今でも高いことはさきほどの調査資料からもわかるとおりです。
もしインストールしてすぐにクーポンが使えないのならお客様の期待に応えられないので、購買前にアプリをおすすめするのは避けるべきという話になってきます。ドラッグストアやスーパーマーケットのようにレジが混みがちでクーポンも多用されるタイプの小売アプリは、レジ前のおすすめはむしろ避けるべきです。
若年層の来店目的が変化してきている
ここでさきほど出したアンケート結果を再度引用しますが、みなさんもこれを見て気になることがあったのではないでしょうか。
https://iridge.jp/content/report_usage-push-notifications-2025-retail/
30代以上ではクーポンがどの業種でも期待度1位だったのですが、若年層の結果を見ると様子がかなり違います。ポイ活文化の影響が強いのか、ポイント系施策のほうが上位に入っているだけでなく、スーパーマーケット向けの回答ではクーポンは圏外になっています。
よくモノ消費からコト消費への変化といった話を耳にしますが、若年層にはその傾向が実際にあるのかもしれません。イベント情報への期待は30代以上に比べて明らかに高いですし、買うものを決めて行動するというより、買うものがなくても何か楽しいことがあればOKという感じがします。SNSでの情報収集と同じような感覚で小売アプリも使おうとしているように筆者には見えました。
こういう流れを見ると、小売アプリをおすすめするのは本当にレジ前でよいのかという疑問が一層強くなります。買い物以外の情報を求めているお客様にレジ前でいくらお勧めしたところで、いつまで経ってもアプリでお客様との接点を持つことはできないような気がしてきます。
購買前行動の把握は積年の課題
お客様の目的・行動の変化という視点でもアプリをお勧めするタイミングをあらためて考えないといけないことがなんとなく見えてきました。
ここからは事業者側の視点で考えても課題があることを書いていきたいと思います。
オムニチャネルやOMOの考え方では、商品の認知・検討・購買・体験やアフターフォローといった購買プロセスの各フェーズを、お客様がオンライン・オフラインを区別することなく自由にチャネルを行き来して利用できるようにすることが大切です。

これを実現しようと思ったとき、お客様がいまどのフェーズにいて、どのチャネルで行動しているのか把握し、適切な対応ができるように準備を整えておくことが重要になります。
そのためにWebサイトやアプリでお客様との接点を作り、データとして記録していくわけですが、その点で長年課題となっているのが、オフラインでの認知・興味から比較検討フェーズでのデジタルな接点作りです。この部分がまったくできていないケースが多く、事業者側からするとブラックボックスになってしまっているのです。
もう少し具体的に書くと、お店をたまたま見つけて入店し商品を手に取ってはみたものの、買わずに帰られてしまったお客様についてのデータがまったく取れていないということです。あったとしても接客をした店舗スタッフの記憶に残っているかどうか、くらいでしょう。
OMO的に考えるともう少し話が広がってきます。オンラインで商品に興味を持っていただいたお客様がいて、その方が店舗を訪れてショールーミングされても、そのときのオフラインの来訪データは取れていません。そのため、広告を見て興味を持ったもののECにすら来なかった人と、実際に店舗まで来られて購入するかどうかまで迷うフェーズまでいったお客様の区別がまったくついていません。区別がついていなければ適切な対応も取れません。せっかく購入を具体的に検討する段階まで行っているのに、事業者側はそれに気づくことすらなく、なんの対応も取れないということです。
この課題を解決しようと思ったとき、アプリをすすめるタイミングが購買直前では遅いということは誰の目にも明らかでしょう。
さきほどのデータで見た来店目的がコト消費に移っている若年層のような、購買が第一目的となっていないお客様との接点を作ろうと考えると、オンライン上でおすすめしてアプリをインストールしていただくか、オフラインで来店された時点で接点が持てるのが理想です。遅くとも店内で商品を見るときにはアプリを使っていただける状況にしなければ、この課題は解決できません。
小売アプリで接客をする
実は先進的な小売アプリはすでにこの課題に向き合っていて、購買前のタイミングからインストールして使ってもらえるよう、さまざまな機能が提供されています。
- 自分にあったサイズの在庫状況が、バーコード読み取りだけですぐわかる靴屋のアプリ
- 店頭の商品のコーディネートが見られるアパレルのアプリ
- 目当ての商品の棚位置に加え、自分の現在地までわかる店内マップ機能を持ったアプリ
海外の小売アプリはもっと進んでいて、店内で起動すると専用のインストアモードに切り替わるものが多々あります(店舗が大きすぎてどこに何があるかわからないので、必要にかられてそうなっているという事情もありますが…)。
これら国内外の事例に共通しているのは、筆者がブラックボックスになっていると書いたオフラインの購買前のフェーズにあたる、店内でのお買い物体験をよりよくするために機能が考えられている点です。ひらたく言うと、アプリで接客をしようとしているということです。
事業者側にOMOの視点があると、店舗で確認した商品をあとからECでスムーズに買えるよう、店頭でバーコードを読むだけでECのカートにスムーズに入れられるようになっています。これも多様化した購買行動に対応した店舗接客の一種と言えるでしょう。
クーポンがあるからいますぐアプリを! と店舗の入り口や店内でアピールしても、今日はまだ買い物するかどうかわからないというお客様への訴求にはなりませんし、買わせようとする意思が強く見え過ぎて避けられてしまうリスクもあります。
アプリをおすすめするタイミングを変えるなら、おすすめする理由も変えなければいけません。購買直前ならポイントやクーポンの訴求が効くかもしませんが、来店時であればそのあとの店内での体験がよくなることを訴求しなければ意味がありません。来店前なら、たとえ買い物目的でなくても来ていただくだけでも楽しんでいただける施策の準備とご案内が欠かせなくなってきます。事業者都合のタイミングの話だけではダメで、お客様視点に立ったインストールの動機をきちんと提示できるかが大事ということです。
https://iridge.jp/contact/contact_app_growth
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