
2024年11月28日に、「本気(マジ)でECに取り組む研究会」の第1回研究会が開催されました。EC業界における課題や成長の可能性を議論するこの会では、『EC事業のコンセプト形成』『物流の現場改善』『組織全体での継続的改善』といった具体的なテーマが取り上げられ、参加者にとって実践的な学びの多い内容となりました。
本記事では、3つのセッション「EC事業が伸びない理由」「物流改善のフレームワーク」「継続的改善」の内容を整理し、それぞれの要点を振り返ります。
EC事業が伸びない理由とは(中島 郁氏さん)
ネクトラス株式会社の代表である中島さんは、多くの企業がEC事業に期待通りの成果を上げられず、苦戦している現状について言及しました。
その背景には、「他社がやっているから」「リアルの売上が減少しているから」といった消極的な理由に基づいてEC事業を始めているケースが多いと指摘します。そして、最終的に「うちの商品はECに向いていない」「社内にECの専門知識がない」と結論づけてしまう傾向にあると言うのです。しかし、中島さんはこれを「本気で取り組んでいないこと」が根本的な原因であると分析します。
特に、ECのコンセプトが曖昧であることが問題の核心であると述べられます。「黒字化したい」「〇〇店(実店舗)と同じぐらいの売上規模にしたい」といった目標を掲げるだけでは、消費者にその不明確さが伝わり、結果的に競争力を失うとのことです。
「本気」のECとは何か?
中島さんが考える「本気のEC」とは、次の3つを徹底することです。
1.ちゃんと考える
ECの目的や方向性を深く考え、どのような体験を顧客に提供するのかを明確にする。
2.ちゃんと決める
自社が提供する価値やポジショニングを明確化し、全社的に合意を形成する。
3.決めたことを徹底する
定めた方向性に基づいて一貫した施策を実行する。
「どんなECを目指しているのか?」と問われた際に、明確かつ簡潔に答えられない場合、その曖昧さは消費者に見透かされてしまうと警鐘を鳴らされました。
EC事業を成功させるために考えるべきこと
特に既存事業を運営する企業が新たにEC事業に参入する場合、中島さんは以下の要素を考慮する必要があると言います。
- 会社の期待
企業全体としてECに何を求めるのか。 - 会社の状況、位置づけ
現在の事業ポテンシャルや市場での立ち位置。 - 会社の中でのECの位置づけ、立ち位置
自社の中でECがどのような役割を果たすべきか。 - 顧客に提供したい体験
商品体験だけではなく、ECを通じて顧客にどのような体験を届けたいか。
さらに、中島さんは他社の事例は参考にならないと指摘。他社の戦略を真似しても、企業ごとに状況やポテンシャルが異なるため、自社に適した戦略を模索することが重要だと述べました。
「ふわっとした考え」からスタートする重要性
意外にも、中島さんは「ECのコンセプトをがっちりと最初から決める必要はない」と提言。むしろ、以下のようなステップを踏むことで、柔軟かつ効果的に方向性を定められると説明しました。
1.アイデアを広げて「発散」する。
2.徐々に「構想」を固めていく。
3.最終的に、顧客に伝わる明確なコンセプトを形成する。
このプロセスにより、ECが「自社のバリューを反映したもの」であり、かつ「顧客体験を重視したもの」に進化すると言います。
EC事業成功の鍵:「自社のバリュー」に基づく戦略
最後に、中島さんはEC戦略を立てる際に重要な4つの視点を共有しました。
1.何を提供するか
自社が提供する価値(バリュー)を明確化する。
2.誰に届けるか
バリューを届けたい顧客層を特定する。
3.どのように届けるか
顧客に価値を伝える手段やプロセスを検討する。
4.どのような顧客体験を提供するか
単に商品の体験ではなく、EC全体をプロダクトと考えて、顧客体験を提供する。
中島さんは、「WhoからではなくWhatから始めること」が成功への近道だと強調。自社がECを行う意味を考え、バリューを起点に事業を構築すべきだと締めくくりました。
物流改善のフレームワーク(栗田 由菜さん)
問題は「トピック」ではなく「ストーリー」で捉える
合同会社インフィニティーオクターバーの代表社員である栗田さんは、物流現場の課題を議論する際に「トピック」で話すのではなく、「ストーリー」で語る重要性を述べられました。
「トピック」のみで話すと、実際にはそれほど頻発していない問題が、頻繁に起きているかのように強調されたり、複数の問題が1つにまとめられたりしてしまい、課題の本質を正確に把握できない可能性もあると指摘します。「ストーリー」として具体的な状況や事例を共有することで、問題の真の原因や影響範囲を正しく理解することが重要だと言います。
具体例として、問題点をストーリーとして共有する際の「良い例」と「悪い例」を挙げられていました。
- 良い例
〇月〇日に出荷した××という商品について、お客様に届いた際に同一の商品が2個入っているという問題が発生しました。
- 悪い例
最近、同じ商品の個数を間違える出荷が多いです。
このように、問題を具体的な事例として共有することで、課題の本質を正確に捉えることが可能になります。
トヨタの「7つのムダ」を活用した分析
物流改善の課題解決には、トヨタの「TPS作業改善の7つのムダ」を活用する手法が紹介されました。このフレームワークを通じて、物流現場での問題を分類し、原因を明らかにします。
1.加工のムダ:不要な工程があるか?
2.在庫のムダ:その在庫は本当に必要か?
3.造りすぎのムダ:最悪とされるムダで、生産過剰を防ぐ。
4.手持ちのムダ:作業者が手待ちしている時間はないか?
5.動作のムダ:付加価値を生まない動作がないか?
6.運搬のムダ:不必要な移動や運搬が行われていないか?
7.不良・手直しのムダ:標準化されているか?
問題提起:物流現場でありがちな事例
栗田さんは、先ほどの「良い例」と「悪い例」で挙げられた具体例を基に、次のような分析を行いました。
- 手持ちのムダ:同一商品ばかりを出荷していたため、作業に余剰が発生していた可能性がある。
- 造りすぎのムダ:インナーカートンを必要以上に作成していたのではないか。
- 運搬のムダ:まとめてピックアップした結果、ミスが発生していたのではないか。
解決策:現場での具体的な取り組み
そして、上記の問題に対する解決策も提示されます。
- 1個流しの原則に立ち返る。
- 1個ずつ検品を行うことで、誤出荷を防ぐ。
- まとめてピックアップするのではなく、シングルピックを徹底する。
- 手待ちが発生している工程を見直し、梱包担当者の人数を適切に配置する。
その際、ダブルチェックのリスクについても言及されました。「ダブルチェックは最初にチェックした人を信頼しすぎてしまい、エラーが発生する可能性がある」とのことです。
ロジスティクスにおける意思決定の重要性
栗田さんは、物流現場での意思決定についても興味深い視点を提供しました。「最後の1個まで売り切りたい」と「売り越しを防ぎたい」という2つの相反する目標について、どちらを優先するのかを明確にすることが重要だと強調。このような方向性を明確にすることで、現場での混乱を防ぎ、効率的な運営が可能になるとのことです。
ECを本気でやるなら「継続的改善」(橋本 圭一さん)
成長企業の共通点:継続的改善
株式会社Commerbleの代表取締役である橋本さんは、成長企業には必ず「継続的な改善」が伴っていると指摘。特に、改善を実現するためには次のような組織とチームが必要であると述べます。
- ブラックボックスがないチーム:業務の透明性が高く、問題が可視化されていること。
- アジャイルなチーム:柔軟で迅速な対応が可能なチーム体制。
- 主体性のあるチーム:各メンバーが「自分事」として課題に取り組む姿勢。
これらの特徴を持つ組織が、変化に迅速に対応し、競争力を保つための鍵になると説明しました。具体的な改善の対象は以下の項目です。
【継続的改善のポイント】
1.商品の見直し
2.顧客体験やUIの見直し
3.顧客理解の深化
4.コスト構造の見直し
5.業務の効率化
6.組織構造の見直し
7.競合他社との差別化
継続的改善の事例紹介
橋本さんは、継続的改善の実例も交えながらお話しされました。ここでは2つの事例を紹介します。
1.アウンワークス
- 概要:建築素材を扱うECサイトで、商社が扱わない小規模事業者を顧客ターゲットに設定。
- 特徴:41万点という圧倒的な品揃えで、建築資材カテゴリにおけるトップレベルの選択肢を提供。
- ポイント:コンセプトを明確化し、特定の顧客層に向けて差別化を図った事例。
▼ アウンワークス | 国内最大級の建材・建築資材ストア
https://www.aunworks.jp
2.toolbox(ツールボックス)
- 概要:DIY用品や木材の量り売りを行うECサイトで、顧客の多様なニーズに応える。
- 特徴:オプションを多用した部材の組み合わせ販売を可能にし、SKUの管理を最適化。
- ポイント:少人数での運営を効率化するため、問い合わせ対応を減らす仕組みを構築し、一つの商品ページで多様な組み合わせを提供。
▼ toolbox(ツールボックス) | リノベーション・リフォーム・DIY・オンラインストア
https://www.r-toolbox.jp/store
次回研究会への期待
第1回研究会では、EC事業を成功させるための基本的な視点や改善の具体的手法が議論されましたが、これらを実践に移すためにはさらなる深掘りが必要です。次回以降の研究会では、成功事例や課題解決の具体的なプロセスを共有し、実務レベルでの適用可能性を探る議論が期待されます。
EC事業者にとって、「本気でECに取り組む研究会」は、知識の習得にとどまらず、自社の成長戦略を見直し、新たな視点を得る貴重な場として発展していくことでしょう。
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