
現代のスキンケアをはじめとするビューティー市場では、単なる製品の提供にとどまらず、顧客体験(CX)を重視したアプローチが求められています。消費者は、製品の効果だけでなく、ブランドとの関わりや購入体験にも高い期待を寄せているのです。
そこで、「スキンケアブランドにおける商品開発と顧客体験」をテーマに、事業戦略・商品企画を支援するコンサルタントとして活動する松崎淳さんにお話を伺いました。専門家ならではの貴重な視点をお楽しみください。
この記事の目次
リピート率が伸びないのはなぜ?商品開発と顧客体験の深い関係
――従来の考え方では、顧客分析において購入回数がF3(3回目の購入)に達するとCPA(顧客獲得コスト)が回収でき、F4からF5へのコンバージョン率が80%以上になる場合、ロイヤルカスタマーとして定義する「ファイナンスモデル」を指標として設定していました。
しかし、近年では、売上100億円以上の企業であっても、本当のロイヤルカスタマーと呼べるのは、F8やF10に達する顧客である時代に変化しています。
この視点を踏まえ、「商品は良くても、購入回数(F)が伸びない」理由を検討する必要があると思います。せっかく、良い商品を開発しても、購入回数が増えなければ成果につながらないでしょう。この課題について、商品の価値と顧客体験(CX)の関係性に焦点を当てて、お話をお伺いさせてください。
松崎さん:これは主観的な意見になりますが、成功している企業様は、特にグロースフェーズにおいて、創業者や社員がインスタライブなどで商品を一生懸命紹介する「心の通ったマーケティング」をされています。
商品開発の段階から、会社やブランドとして「どの人たちの悩みをどのように解決するか」を真剣に考え、本気で商品作りに取り組んでいるのです。そして、その商品を創業者や社員も顔を出して訴求し、またデジタルで顧客接点が限られる中でも、お客様からの「ここをこうしてほしい」という声を真摯に受け止めています。
こうして集めた顧客の声を、 次の商品開発やリニューアルに反映させるとともに、アップセルやクロスセルを通じて、お手元にある商品の効果をより引き出せる商品を提案するなど、顧客満足度向上のための施策を実施しているのです。このような取り組みをしっかりと行うことが成功の鍵を握るでしょう。
日本のOEM企業は非常に高い技術力を持ち、意図的に悪い商品を設計しない限り、品質の低い商品はほとんどありません。しかし、「本気でそこまで考えて作られているか」という点では、課題が残る場合もあります。例えば、ローンチ日が決まっているために、試作を1~2回で済ませ、そのまま発売に至るケースなどが挙げられるでしょう。
商品開発前の段階や販売後のプロセスで、「どれだけ想いが商品に反映されているか」が重要です。その意味でも、CRM(顧客関係管理)領域は、販売後にお客様とリアルなコミュニケーションを図る上で「最も多くの声が集まる場」であり、その反応が商品の評価に直結します。
これまではマーケティングと言えば、新規顧客の獲得に重点が置かれましたが、私は商品開発や販売後の取り組みがこれまで以上に重要な時代になっていると考えています。
商品開発と顧客体験:顧客の声を活かしてブランドを成長させる
――新しい商品を開発し、それをバージョンアップしていく中で、CRMや顧客とのコミュニケーションにおける接点の設計がますます重要になっています。
計画どおりに売れない場合、お客様の期待に応えるために成分や配合、あるいは五感に訴える部分を改良すべきなのか、それとも既存の顧客基盤を大切にするあまり、大幅な変更を避けるべきなのかという選択が求められるでしょう。
特に、新商品の発売後1年間は、顧客にしっかりと響くコミュニケーション手法を試しながら、改善を重ねることが効果的と言えるのではないでしょうか。
松崎さん:母数に対して適切にコミュニケーションが取れているかも重要なポイントです。発売直後などで、母数が少ない場合、お客様からの声に全て反応してしまいがちです。 1件、2件の口コミが入るだけで心臓がドキドキし、ネガティブな評価があるとすぐにリアクションしたくなります。
しかし、一定の母数が溜まるまでは、本質的にどのポイントがその商品の課題であり、どこを改善すればユーザーに喜んでもらえるのかが見えにくいものです。そのため、辛抱強くデータを蓄積しながら対応することが必要でしょう。
また、適切な使い方がされていない場合には、製品の効果を最大限に引き出す使用方法を、ユーザーに寄り添いながら教育したり、コンテンツとして提供したりすることで状況を改善できます。使い方を変えるだけでも、商品に対する評価が向上する可能性があります。
さらに重要なのはタイミングです。試行錯誤を繰り返しながら、商品を改善するかどうかを慎重に検討するプロセスが求められます。
商品開発はマラソン!顧客の声を活かした中長期的な成長戦略
――お客様は、常に「浮気」(より良いものを探す旅)をされるものです。そのような行動に振り回されることなく、自社のプロダクトや情緒的価値をしっかりと訴求し続けることが重要だと思います。そして、本当に自分たちと向き合ってくれるお客様を見つけるまでは、粘り強く取り組む姿勢が求められるでしょう。
松崎さん:訴求している内容に対して、真逆の反応が多い場合や、当初想定していたターゲット層から、「テクスチャーが軽すぎる」「重すぎる」といったフィードバックがあることは、どれだけ事前準備をしても避けられない部分があります。そのような状況でも慌てず、客観的な事実をデータとしてしっかり収集することが重要です。
また、ロイヤルカスタマーや、実際に商品を使用していただいているお客様にインタビューを行うことで、思いもよらない使い方や効果の発見につながる場合があるでしょう。お客様とコミュニケーションを通じて、商品や事業の本質的な課題を見つけていくことが重要です。
場合によっては、リブランディングや事業の方向性を大きく転換する経営判断が求められることもあります。このような判断も、客観的なデータを基に検討していくべきです。
中長期的な視点と資金調達の重要性
――商品開発の期間は、やはり1年程度は必要となる印象でしょうか。また、それに伴って、CF(キャッシュフロー)や資金面の考え方にも変化があるのでしょうか。
松崎さん:新規獲得のマーケティングやCRMもですが、最初の半年間くらいは広告費をコントロールしながらテストマーケティングを行うと思います。その結果を基に反応を確認し、必要に応じて投資を加速させていくのではないでしょうか。その後、さらに半年程度をかけて事業計画を刷新するべきかを検討する流れになります。
資金調達の考え方は、以前と大きく変わったと思います。以前は「当てる方法」が存在し、キャッシュフローの準備や製造ロットの増加に対応するための資金調達が課題でした。ポジティブな悩みに対して資金調達することが主流だったのです。
しかし、現在では持久戦を強いられるケースが増えています。そのため、中長期的な視点で資金調達を計画することが非常に重要です。ECやD2Cなどの無店舗型のビジネスはコストが低いと考えられることもありますが、実際にはマーケティング費用や各種ツールの導入によって固定費が積み上がる傾向があります。資金調達も事業計画に組み込み、そのタイミングを含めて慎重に考慮する必要があるでしょう。
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