
スキンケアをはじめとするビューティー業界は、近年マーケット環境の変化に伴い、ビジネスモデルも大きく変わってきています。特に、顧客視点から見ると「サブスク疲れ」や「ダークパターン」の問題が浮上しています。これらの課題が今後どのようにCX(顧客体験)やCRM(顧客関係管理)に影響を与えるのかについて、EC特化型CRMツール「EC Intelligence」を提供する株式会社シナブルの曽川雅史さんにお話しいただきました。
この記事の目次
NetflixやAmazon Primeのサブスクリプションとの違いに不信感を抱く消費者
――「サブスク疲れ」や「ダークパターン」の問題が浮上した背景について教えていただけないでしょうか。
曽川さん:昔の「リピート通販」は、定期購入を3回か4回は続け”させる”ビジネスモデルが一般的でした。ランディングページで「お試し購入」すると、実は「3回縛り」があり、解約が難しく、電話で解約を試みると「次回は半額にします」などと阻止されることもあったのです。これらが消費者庁で問題となりました。
消費者の体験として、NetflixやAmazon Primeのようにウェブ上で簡単に解約できるサブスクリプションとの比較で「おかしい」との不信感が生じます。CX視点では、スキップ制度がウェブからワンクリックで簡単にできれば続ける顧客もいるでしょう。しかし、それが「解約」しか選択肢にない場合、解約されてしまう可能性が高まります。この「サブスク疲れ」は、消費者が他業界での体験を基に声を上げた結果です。
また、日本以外では「定期購入」はあまり好まれず、欧米では「まとめ買い」が主流となっています。「まとめ買い」の場合、メールマーケティングが効果的です。消費者が商品価値を感じ、提示された価格に納得していれば、自然と毎月購入する流れが生まれます。
強引な定期購入に頼らず、自然にリピートしてもらうためには
――お客様に定期購入を続けていただくためにはどうすればよいのでしょうか?
曽川さん:私は、コスメにおいて商品そのもののクオリティを高めること、ブランドの世界観を構築することが最も重要だと考えています。 単にメールでうまいことを言ったからといって、「定期購入を続けよう」と思う方は少ないでしょう。
ステップメールを送ったからといって、価格や効果に納得していない顧客の「解約」を防げるわけではありません。
重要なのは、ブランドの価値を明確に伝え、商品やコンテンツが顧客にとって魅力的であることです。たとえば、商品の良さを伝えるLPや、ブランドの世界観が反映されたメール、同梱物の「チラシ」や「会報誌」など、これらが一貫してブランドの魅力を伝えることで、顧客はブランドに惹かれていくのです。
ただし、ステップメールそのものが無意味だというわけではありません。内容次第では効果があり、やらないよりはやったほうが良いでしょう。ただし、売り込みだけに終始する内容では逆効果になることもあります。そのため、場合によっては同梱物に注力するほうが適していることもあるでしょう。実際、大手のリピート通販企業の中には、ステップメールを活用していないところも多く、必須ではないと考えられています。
最終的には、商品そのものの価値が高ければ、強引な定期購入に頼らなくても、自然とリピートにつながるはずです。顧客に真に価値を感じさせることが、長期的な成功の鍵と言えるでしょう。
事業規模に関わらず優先すべき施策とそうでない施策
――よくある話で、「〇〇が成功している施策」や「大きな売上を上げているブランドが実施しているCRMだから、御社もやらないと」いう傾向があります。ただ、事業のフェーズや構造によって、実施すべきCRM施策やCXデザインは異なるものです。やるべきこともあれば、逆にやるべきではないこともあるということですね。
曽川さん:そもそも、CRMとは既存のお客様に対して、事業者やブランドとしてどのように関係性を深掘りしていくかが重要です。
たとえば、半年前に購入されたお客様にクーポンを送る施策がありますが、これはチラシを送るのと同じ感覚です。顧客数が少ない時期には母数が少ないため、あまり効果が出ません。こうした施策は、顧客数が増えてから行ったほうが効果的でしょう。対象顧客数が少ない場合、成果が出にくいため、こうした施策は慎重に検討すべきです。
一方で、CX、CRMの観点から重要なのは、商品を購入した後の体験をいかに向上させるかです。たとえば、注文確認メールで商品の使い方を伝える、LINEで適切なアドバイスをするなど、顧客の行動に寄り添ったサポートが求められます。これらの施策は、顧客が少ないうちからでも積極的に取り組むべきです。
また、ブランドページを訪れた顧客が新規か再訪か、既存顧客なのかを認識し、それに応じてメッセージやコンテンツを出し分けることも効果的でしょう。こうした「体験」施策は、規模にかかわらず優先して行うべきです。
成果が顧客数に依存する施策は、顧客数が増えた段階で導入するべきですが、顧客に「良い体験」を提供するサービスは最初から実施する必要があります。このような「体験」重視の施策こそが、長期的に成功を収める鍵だと言えるでしょう。
小手先だけの「販売技術」だけで売れる時代ではない!?
――「定期縛り」をすることで売上は増えると思いますが、どういった問題があるのでしょうか。
曽川さん:この業界の方はよくご存じのことですが、「定期縛り」は、ダークパターンの典型的な例です。
「1か月分980円でお試し可能」と表示しながら、実際には小さな文字で「定期3回お約束」と条件が記載されています。消費者は初回購入時には980円と考えていたのに、最終的には総支払い額が3万円近くに膨れ上がることもあるのです。このような手法で、定期購入通販が急速に伸びて広まった背景があります。
この「定期縛り」は、景品表示法に違反する可能性があり、「ダークパターン」として広く認識されるようになりました。消費者庁に見つかれば、行政指導を受ける可能性もあります。こうした方法は消費者にとって非常に不親切であり、長期的にはブランドの信用を損ねる恐れがあります。
実際は、いわゆる「販売」で伸びていくブランドさんよりは、「世界観」とか、「ビジョン」、さらに「中身もいいもの」、「情緒的価値」がしっかりと感じられるブランドさんが本当に伸びていると思います。小手先だけの「販売技術」だけで売れる時代ではなくなってきていると感じています。
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