「お客様第一」を現場任せにしない カスハラ対策の義務化がEC事業者に求める顧客対応の再設計

商品の不具合や誤配送、返品、配送遅延など、EC事業者に寄せられる苦情には、真摯に対応すべきものが少なくありません。一方で、説明を尽くしても同じ要求が繰り返される、商品代を大きく超える補償を求められる、「返金しなければSNSで拡散する」と迫られるなど、通常の顧客対応では収まらないケースもあります。

こうしたカスタマー・ハラスメントへの対策が、2026年10月1日から事業主の義務になります。

EC事業者に求められるのは、サイトに「カスハラお断り」と掲げることだけではありません。正当な苦情と社会通念を超えた要求を分ける基準を設け、現場担当者がどこまで対応し、誰が判断を引き取り、どの段階で対応を終了するかを決める必要があります。

本記事では、カスハラ対策が義務化される背景と、EC事業者が今から見直すべき実務を整理します。

カスハラ対策は2026年10月から義務化

2025年6月、労働施策総合推進法などを改正する法律が公布されました。これにより、職場におけるカスタマー・ハラスメントを防ぐため、雇用管理上必要な措置を講じることが事業主に義務付けられます。

施行日は2026年10月1日です。企業規模による猶予はなく、従業員を雇用するEC事業者は、中小企業を含めて対応が必要です。今回の法改正は、顧客を直接処罰したり、企業に新たな契約解除権を与えたりするものではありません。

目的は、顧客や取引先などから社会通念を超えた言動を受けた際に、従業員の就業環境が害されないよう、企業側に方針や相談体制、対応手順の整備を求めることです。

つまり、問われているのは「迷惑な顧客を排除できるか」ではなく、顧客対応を個人任せにせず、従業員を守る仕組みを持っているかどうかです。

なぜ今、カスハラ対策が求められているのか

カスハラ自体は、近年になって突然生まれた問題ではありません。

日本の顧客対応では、長く「お客様の要望にはできる限り応える」「クレームは最後まで聞く」といった姿勢が重視されてきました。顧客の声を商品やサービスの改善につなげるうえで重要な考え方である一方、どこまで対応するかという基準が曖昧なまま、現場担当者の忍耐力や経験に依存してきた面もあります。

厚生労働省の調査では、過去3年間に「顧客等からの著しい迷惑行為」に関する相談があった企業は約3割に上ります。通常業務への支障や従業員の意欲低下、休職・離職につながったとする企業もあり、カスハラは一部の担当者だけの問題ではなく、事業運営や人材確保に関わる経営課題になっています。

ECでは、顧客対応が長期化しやすい事情もあります。

電話だけでなく、メール、問い合わせフォーム、チャット、モール内メッセージ、SNS、商品レビューなど、顧客との接点が複数に分かれているためです。一つの窓口で説明が終わっても、別の担当者や配送会社、メーカー、モール運営会社へ同じ要求が繰り返されることがあります。

メールやSNSでは営業時間外にも連絡が届き、担当者の氏名や対応内容が公開される可能性もあります。厚生労働省の指針でも、対面や電話だけでなく、SNSなどインターネット上の言動もカスハラの対象に含まれます。

自主的な対策から全国一律の義務へ

カスハラ対策を巡る動きは、段階的に進んできました。

2022年には、厚生労働省が企業向けの対策マニュアルを公表しました。この時点では、企業の自主的な取組を促す位置付けでした。2025年4月には、東京都カスタマー・ハラスメント防止条例が施行されました。東京都では、事業者に対して方針や手引の作成などを求める一方、正当な苦情や申入れを不当に制限しないよう配慮することも示されています。

その後、2025年6月の法改正により、カスハラ防止措置が全国の事業主に義務付けられることが決まりました。

時期主な動き
2022年厚生労働省が企業向け対策マニュアルを公表
2025年4月東京都カスタマー・ハラスメント防止条例が施行
2025年6月改正労働施策総合推進法などが公布
2026年10月事業主のカスハラ防止措置が義務化

これまで独自に対策を進めてきた企業だけでなく、専任の法務担当者やカスタマーサポート部門を持たないEC事業者も、方針や相談窓口、対応方法を整える必要があります。

どこからがカスタマー・ハラスメントなのか

厚生労働省の指針では、職場におけるカスタマー・ハラスメントを、次の3つをすべて満たすものとしています。

1つ目は、顧客や取引先などによる言動であること。
2つ目は、業務の性質などに照らして、社会通念上許容される範囲を超えていること。
3つ目は、その言動によって従業員の就業環境が害されることです。

ここで注意したいのは、顧客が不満を述べたことや、厳しい意見を伝えたことだけで、直ちにカスハラになるわけではない点です。届いた商品が壊れていた、違う商品が届いた、商品ページの説明と実物が異なっていたという場合、顧客が交換や返金を求めることには合理的な理由があります。

低評価レビューも同様です。商品や対応に対する事実に基づいた評価は、消費者の正当な意見表明になり得ます。判断する際は、「何を要求しているか」と「どのように要求しているか」を分けて考える必要があります。

例えば、返金を求める理由に正当性があっても、担当者への人格攻撃や脅迫が許されるわけではありません。反対に、顧客の口調が強くても、事業者側の重大なミスが背景にあり、要求内容が妥当であれば、すぐにカスハラと決めつけるべきではありません。

区分ECで想定される例
正当な申入れ不良品の交換、誤配送の訂正、表示と異なる商品の返品
判断が必要なケース強い口調での抗議、複数回の問い合わせ、低評価レビュー
カスハラとなり得るケース人格否定、脅迫、執拗な連絡、過大な補償要求、長時間の拘束
特に悪質なケース暴力、犯罪予告、個人情報の公開、SNSを材料にした不当要求

ECでカスハラ対応が難しい理由

問い合わせ窓口が複数に分かれている

ECでは、自社サイト、モール、電話、メール、SNS、配送会社など、問い合わせ先が複数にまたがります。

窓口ごとの履歴が連携されていないと、同じ顧客が担当者を変えながら要求を繰り返していても、それぞれが初回問い合わせとして処理されます。

返品や補償の例外対応が属人化しやすい

返品期間を過ぎているが今回だけ受け付ける、送料を店舗負担にする、ポイントを付与するといった柔軟な対応は、顧客満足につながることもあります。一方で、判断基準がないまま担当者の裁量で行うと、「強く要求した顧客ほど補償が増える」という状態になりかねません。

現場担当者が決められる補償の上限と、責任者の承認が必要な範囲を分ける必要があります。

レビューやSNSが交渉材料に使われる

ECでは、口コミや評価が売上に影響するため、低評価レビューやSNS投稿を過度に恐れやすい傾向があります。「全額返金しなければ低評価を付ける」と言われた場合も、投稿を予告しただけで直ちにカスハラになるわけではありません。

問題になるのは、投稿や拡散を材料に、合理的な範囲を大きく超える金銭や商品を要求したり、担当者個人を中傷したりするケースです。

配送や設置では委託先が矢面に立つ

大型家電や家具では、顧客宅を訪問した配送員や設置スタッフが、契約外の作業や値引き、補償を求められることがあります。配送や設置を委託していても、返金、再配送、注文取消しなどの決定権はEC事業者側にあるケースが多いでしょう。

委託先任せにせず、どのような場合に作業を中断し、誰へ連絡し、現場から退避できるのかを決めておく必要があります。

EC事業者が今から着手すべき6つの対応

1.顧客接点を洗い出す

電話やメールだけでなく、問い合わせフォーム、チャット、モール内メッセージ、SNS、レビュー、配送、設置まで整理します。

各窓口について、誰が対応し、履歴をどこに残し、トラブル時に誰へ報告するかを確認します。

2.過去事例から判断基準を作る

対応が長期化した案件、通常ルールを超えて返金した案件、担当者が強い負担を感じた案件などを振り返ります。そのうえで、事業者側の不備、要求内容、連絡頻度、暴言や脅迫の有無などを基に、自社の判断基準を作ります。

3.引継ぎと対応終了の基準を決める

例えば、次のように対応段階を設けます。

  • 通常の説明
  • 注意喚起
  • 責任者への引継ぎ
  • 連絡手段をメールへ一本化
  • 最終回答の通知
  • 対応終了
  • 警告や外部機関への相談

重要なのは、現場担当者自身に「カスハラかどうか」「今後の取引を断るか」という最終判断を負わせないことです。

4.返品条件や利用規約を見直す

返品、交換、返金、配送遅延、再配達、設置、キャンセルなどの条件を見直します。商品ページ、利用ガイド、FAQ、注文確認メールで説明が食い違っていないかも確認します。曖昧な案内や担当者ごとに異なる説明は、正当な苦情を生み、問題を長期化させる原因になります。

5.問い合わせ履歴を顧客単位で残す

注文履歴、メール、チャット、通話、返品、返金、再配送、モール内メッセージなどを、顧客単位で確認できるようにします。録音などをカスハラの事実確認に利用する場合は、利用目的をプライバシーポリシーなどへ記載する必要があります。

6.委託先と対応手順を共有する

コールセンター、倉庫、配送会社、設置会社などと、緊急連絡先、対応を中断する条件、顧客宅から退避する基準、再配送や返金の判断者を共有します。自社の従業員だけでなく、顧客対応の現場に立つ人を含めて体制を作ることが重要です。

カスハラ対策が顧客排除にならないために

カスハラ対策を進める際には、企業にとって不都合な意見や厳しい指摘まで、カスハラとして処理しないよう注意が必要です。

顧客からの苦情には、商品ページの誤表示、検品不足、梱包不良、配送状況の案内不足、返品条件のわかりにくさなど、事業者側の改善につながる情報も含まれています。判断する際は、顧客の属性ではなく、具体的な言動、要求内容、頻度、経緯を確認しなければなりません。

カスハラ対策は、顧客対応を弱くするための取組ではありません。正当な申入れに向き合うための時間や人員を、一部の不当な要求によって奪われないようにするための取組です。

義務化を顧客対応の再設計につなげる

2026年10月の義務化に向けて、EC事業者が準備すべきなのは「カスハラ禁止」というメッセージだけではありません。正当な苦情と社会通念を超えた要求を判断する基準を作り、相談窓口を決め、担当者が一人で抱え込まない体制を整える必要があります。

返品、返金、配送、設置、レビューなどのルールを見直し、複数の窓口にまたがる対応履歴を一元化することも重要です。顧客にどこまで対応するかは、顧客体験やブランドへの信頼を左右します。しかし、その判断を現場担当者の我慢や個人の裁量だけに委ねるべきではありません。

カスハラ対策の義務化は、従業員を守るための法対応であると同時に、ECの顧客対応を属人的な運用から組織的な運用へ変える機会でもあります。

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