
あなたのブランドには「顔」はあるのに、「声」がない——そう思ったことはありませんか。
Instagramで世界観を見せ、Xで言葉を届け、LINEでお知らせを送る。ひと通りの情報発信は揃っているのに、広告費は上がり続け、渾身の投稿はタイムラインを流れて消えていく。「お客様との接触が積み上がっていかない」——多くのEC事業者が、いまこの感覚を抱えているはずです。
本連載では、ポッドキャストというまだ空いているチャネルを、EC事業の売上とブランディングにどうつなげるかを解説します。
第1回は「やり方」の前に、「なぜ今なのか」を整理します。読み終える頃には、「意外とうちでも始められそうだ」と思っていただけるはずです。
吉田 喜彦
スタジオ・カグア!
代表
マーケター・IT講師として25年以上活動し、GMOメイクショップ、ナイル、NTTドコモなどで、EC・データ活用・人材育成に従事。『Googleアナリティクス基礎講座』(技術評論社)を出版。一方で、1999年のポッドキャスト誕生前のネットラジオ黎明期から音声コンテンツ制作に携わる。『マツコの知らない世界』テレビ出演、海外ゲーム企業の日本向けコンテンツ制作などを手がける。
2026年、音声制作スタジオ「スタジオ・カグア!」を設立。EC・マーケティングの知見と、20年以上の音声制作の経験を掛け合わせ、「"声"で顧客との信頼を築く」ポッドキャスト活用を、企業・EC事業者に提案している。
なぜ今、“音声”が刺さるのか
「買ってもらう前の一等地」が高くなり続けている
電通の「2025年 日本の広告費」によれば、日本の総広告費は8兆623億円と4年連続で過去最高を更新し、中でもインターネット広告費は4兆459億円、構成比が初めて過半数(50.2%)に達しました。
広告市場にお金が集まり続けているとは、裏を返せば、私たちが入札で競り合う「お客様の目に触れる場所」の奪い合いが起きていて、価格が上がり続けているということです。
SNSも安住の地ではありません。アルゴリズムの変更ひとつでリーチは激減し、UGCも広告クリエイティブも飽和している。新規獲得の「一等地」は、年々高く、狭くなっています。
音声は「奪い合いになっていない時間」に届く
一方、音声には静かな追い風が吹いています。
オトナルと朝日新聞社の「ポッドキャスト国内利用実態調査」(第6回・2025年12月調査)によると、国内利用率は18.2%と、前年から増加し、15〜19歳では40.5%、20代では28.8%と、若い世代ほど「音声を聴く」習慣が定着しつつあります。
注目すべきは聴かれ方です。
同調査では、聴取の80.8%が「ながら聴き」。通勤中、家事の最中、運動中——音声は、SNSや動画が奪い合う「画面を見ている時間」ではなく、まだ誰も競り合っていない可処分時間に入り込めるのです。ポッドキャストが"刺さる"正体は、その注意の質にあるのです。
しかも他の作業と共存できるため、20分、30分の長尺でも最後まで聴かれます。ブランドの成り立ち、商品開発の裏側、素材へのこだわり。テキストなら「長すぎて読まれない」情報量を、じっくり届けられるのです。
あなたのお客様が、あなたのブランドの話を30分間、遮られずに聴いてくれる場面が、ほかにあるでしょうか。対面の接客なら可能かもしれませんが、オンラインではまず不可能です。しかし、ポッドキャストは、その「ありえなかった30分」を毎週つくり出せるチャネルであり、お客様の習慣の中の時間を頂けるメディアなのです。
「継続接触」がLTVを押し上げる
単発のバズより、毎週戻ってくる関係
SNSは面で広がりますが、流れて消えます。ポッドキャストは正反対で、リーチは細い。しかし番組をフォローしたリスナーには新着エピソードが自動で届き、毎週・隔週の「決まった接触」が静かに積み上がります。一度聴いてもらえれば、探しに行く手間がなく、しかしプッシュ通知のように割り込んでもこないため、離脱の理由が生まれにくいのです。
さらに、同じ人の声を毎週耳元で聴き続けると、リスナーは会ったことのない配信者に親近感を抱きます。いわゆるパラソーシャル(疑似的な親密)な関係です。テキストのフォロワーが「読者」なら、音声のリスナーは「知人」に近い。知らない会社の商品と、毎週声を聴いている”あの人”の商品。条件が同じなら、どちらが選ばれるかは明らかでしょう。
「聴く」は「買う」につながっている
前出の調査では、リスナーの66.4%が番組で知った商品やサービスを検索し、54.8%が実際に購入・訪問まで至っています。聴取という行為は、思っている以上に購買の入り口になっているのです。
EC事業のKPIの視点で見ると、継続接触は3つの経路でLTVを押し上げます。
認知〜比較段階では、長尺で専門性や世界観を伝え続けることで、第一想起と指名検索を獲得する。購入後〜リピート段階では、作り手の思想や開発の裏側を聴き続けたお客様の理解と愛着が深まり、離脱しにくくなる。そして熱狂化。番組に感想を送り、SNSで紹介してくれるリスナーは、もはや顧客ではなくアンバサダーとなるのです。
「一度きりではなく、続けてもらう」商売を設計してきたEC事業者には、継続で価値が積み上がるメディアとなり得るのです。
音声で成果を出した国内ブランドの実例
代表例が、クラシコムの「北欧、暮らしの道具店」による『チャポンと行こう!』です。
“女湯でのおしゃべり”をコンセプトに、スタッフ2人が暮らしの悩みを語り合う隔週配信の番組で、コロナ禍に再生回数が約4倍に伸び、総再生回数は1,200万回を突破。お便りは3,000通を超え、初の公開収録イベントでは約9割の参加者が満足度に満点を付けました。
商品を直接宣伝する内容ではないにもかかわらず、同社で「顧客との結びつきが強いコアコンテンツ」と位置づけられています。売り込まないのに、いちばん深くつながる。音声ならではの関係づくりができています。
ほかにも、三越伊勢丹は、『三越伊勢丹ラジオショコラ』でバイヤーの専門知識をトレンド情報として配信しています。
また、阪急阪神百貨店の『おうちラジオ』は、隠れたヒット商品を紹介して、売り場スタッフの「接客の温度感」をオンラインに持ち込みました。
専門知識型、対話・商品紹介型——いずれも豪華な設備や有名パーソナリティではなく、「自社がすでに持っている知見や人柄」を音声に変換しただけです。しかし、商品知識、お客様への想い、日々の運営の裏話。EC事業を続けてきた会社なら、どれも必ず持っているリソースを活かしています。
始める前に払拭しておきたい3つの誤解
誤解①「うまい話術が必要」
必要なのは流暢なトークではなく、一貫性と本音です。
前述の『チャポンと行こう!』も、話し上手を売りにした番組ではありません。リスナーが聴き続けるのは「この人の考えが好きだから」であり、多少の言い淀みや素朴な語り口は、むしろ人柄として愛されます。声は、嘘がつけないとよく言われます。本音をさらけ出すことが信頼につながります。
ラジオパーソナリティと競争する必要はありません。
不安なら、話す項目を箇条書きにした簡単な台本と、言い間違いを切るだけの編集で十分カバーできます。最初の一歩は、お客様からよく聞かれる質問にひとつ、声で答えると良いでしょう。
誤解②「再生数がすべて」
メディアをビジネスとして考えるなら再生数=広告収益ですが、EC事業者のポッドキャスト番組は広告で稼ぐ必要がありません。
見るべきKPIは、指名検索、CVR、そしてLTV。買い続けてくれる100人の熱心なリスナーは、通りすがりの1万再生に勝ります。再生数の少なさに落ち込んで辞めてしまうのが、いちばんもったいない施策です。最初の一歩は、追う指標を「再生数」ではなく「指名検索の推移」や「完聴数」にしておくと良いでしょう。
誤解③「機材・編集にお金と時間がかかる」
「防音室やマイクを揃えてから」と考えると、永遠に始まりません。
いまはスマートフォンと無料〜安価な配信ツールだけで、収録から配信までその日のうちに完結します。編集も言い間違いをカットする程度で十分で、作り込みすぎない生っぽさは音声ではむしろ好まれます。最初の一歩は、最小限の投資=手元のスマホで3分だけ、話して録るだけでも十分です。ただ、雑に録る(まわりがうるさいままなど)こととイコールではありませんのでそこは注意しましょう。そして、マイクを新調したら、それはそれでネタになります。
更新頻度も同じです。「毎日更新しないと埋もれる」はSNSの発想で、フォローすれば自動で届くポッドキャストなら、週1回、まずは隔週でも十分に関係は積み上がります。前述の『チャポンと行こう!』も隔週配信です。大切なのは立派な機材や高頻度の更新ではなく、「無理なく続く仕組み」「続けることがスタッフにとってメリットがある仕組み」を作ることです。
まとめ——完璧な機材より、“あなたの声で語る理由”を
要点は3つです。①音声は、広告費高騰のなかで唯一「奪い合いになっていない」可処分時間に届くメディアであること。②細くても切れない継続接触が、指名検索・リピート・ファン化を通じてLTVを育てること。③始めない理由の多くは誤解であり、必要なものはすでにあなたの中にあります。
完璧な機材を揃えることより、まず「あなたの声で語る理由」を探すこと。それが見つかればきっとすぐに始められるはずです。
スタジオ・カグア!:https://studio.kagua.biz/
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