Oisixに学ぶインサイト発掘法 “Kit Oisix”利用者数約28万人の心を動かした顧客理解と仕組み化【セミナーレポート】
イベントの概要

2023年9月6日に、株式会社サーキュレーション主催のオンラインセミナーが開催されました。このセミナーでは、オイシックス・ラ・大地株式会社の菅さんをゲストスピーカーとして、商品のコモディティ化と戦う商品開発責任者に向けて、競合との差別化や顧客分析の活用のヒントとなる、オイシックス・ラ・大地社のミールキット“Kit Oisix”開発の事例が紹介されました。本記事では、その要点を抜粋して紹介します。

【登壇者】
菅 美沙季さん
オイシックス・ラ・大地株式会社
執行役員 サービス進化室 室長

田中 将大さん
株式会社サーキュレーション
プロシェアリング本部 マネジャー

累計1.5億食を突破した“Kit Oisix”誕生から進化までの裏側

Kit Oisixのコンセプト

Kit Oisixのコンセプト

菅さん:ミールキット「Kit Oisix」は、2013年7月のサービス開始以降、累計出荷食数が1.5億食突破と多くのお客様にご愛用いただいています。

その背景として、まず「Oisix基準の安心安全の食材」があります。また、商品開発過程でのヒアリングでわかったことですが、自宅で料理をするとき、複数の野菜を使うことが難しいというお客様の悩みがありました。そこでKit Oisixでは、「5種類以上の野菜」を使うことを最初に決めました。さらに、「主菜・副菜の2品が20分」と短時間で簡単にでき、かつ料理をした感じもあるというコンセプトになっています。

Kit Oisixが誕生した3つのTips

Tips.1 ヒアリング

Kit Oisix誕生の3つのTips Tips.1 ヒアリング

菅さん:弊社では、わからないことがあったらお客様に訊こうという文化があります。そしてヒアリングをもとに複数の仮説を出し、場合によってはさらにヒアリングを行って確度を高め、テスト販売を行った上で数字やお客様の声をラーニングします。

Kit Oisix開発前、弊社のビジネスは野菜や肉、牛乳などの素材そのものの定期宅配が中心でした。そのなかで購入頻度の減少や解約を減らすため、どうしたら使い続けていただけるのか、実際に利用頻度が減ったあるいは解約したお客様20~30人にヒアリングを行いました。そこで寄せられたのが、「料理が苦手、スキルがなくて野菜を使いこなせない」「料理は好きでも時間がなくて野菜を使いきれない」というお声です。

一方で、当時、モバイル限定の「うれシピ」セットというサービスがありました。うれシピはガラケーの小さな画面でも簡単かつ素早く買い物ができるように、3日分の献立ができるセットを紹介するものです。一時期このサービスを休止したところ、「うれシピセットがなくなると困る」という声が多く寄せられました。

こういったお客様の声から、購入頻度の減少や解約の理由と、献立に困っているお客様のニーズを掛け合わせることで、新しいサービスができるのではと感じました。

弊社はもともと変化への対応が得意な会社です。かつて3.11東日本大震災では、放射能測定器をいちはやく導入して測定を開始して、一定の条件をクリアした商品だけのコースを提供して多くのお客様にご利用いただきました。そういった経験から、Kit Oisixの開発でも、お客様の困りごとやニーズを拾い出して新しく役立てることを始めたいという想いがあったのです。

Tips.2 仮説だし

Kit Oisix誕生の3つのTips Tips.2 仮説だし

菅さん:仮説の設定は、社内やお客様にいろいろなことを訊きながら進めました。たとえば、普段は料理に30~40分かかるお客様が多く、もっと短くしたいというニーズが多いこと。そこから「○分で2品なら?」と訊いていき、5~10分では料理をしている感じがあまりなく、20分くらいがちょうど良いのではという仮説になりました。

そうやってまずはモックを作り、再度ヒアリングを行いました。そのなかで、お客様がどのくらい前のめりなのか、食いついてくださるのか、熱量を感じとるのが大事な点です。同時に客観的に点数化するのもポイントです。「10点満点で絶対買うとしたら何点?」と質問すると、熱量が高く見えたコメントでも意外と5~6点のこともあります。

10人に聞いて10人が満点ということはないですし、それではエッジが立ちません。だからといって満点が1~2人だけで良いわけでもありません。感覚的なところはありますが、9~10点つけてくださるお客様が世の中にどのくらいいそうかを考えます。ヒアリングでは満点評価は3人だったけれど、こういう商品が好きそうな人は世の中には5万人くらいはいそうというように、派生して考えます。

Tips.3 ラーニング

Kit Oisix誕生の3つのTips Tips.3 ラーニング

菅さん:ラーニングでは既存のお客様にテスト販売を行い、お客様の反応や数字の変化を追いました。ヒアリングもして、たとえば購入頻度が減っていたお客様の購入頻度が上がった場合、Kit Oisixが理由になっているのかを調べています。

また、お客様をより深く理解するためにモニターを10人くらい募り、生活スタイルや料理の好き嫌いなど、より深い話をお伺いさせていただきました。そのなかで、子育てで忙しいなかで時短をしたい方、レシピのマンネリを打破したい方など、いくつかのカテゴリーが見えてきます。新商品や新メニューを開発するときは、どのカテゴリーのお客様をターゲットにするか明確になると、進めやくなります。

一方で、新規のお客様の反応を知るために、いくつかのLPで実験を行いました。ヒアリングも行いましたが、LPで購入に至らなかった方へのヒアリングはなかなか難しいところがあります。そこで、当時展開していた直販店舗の店頭に立ち、どういう声かけをするとお客様が振り返るのか、どんな質問が多いのかを生で聞き、LPに反映していきました。

Oisix流、愛され続ける商品を創るためのお客様分析とナレッジ蓄積術

Oisix流、愛され続ける商品を創るためのお客様分析とナレッジ蓄積術

Oisix流お客様分析

Point.1 課題理解&事前準備

菅さん:ヒアリングでありがちなのが、それ自体が目的になってしまい、商品を購入したお客様にやみくもにヒアリングすることです。そうではなく、ヒアリングにより解きたいお客様のイシューを明確にして、仮説を見つけるための定量的データなどを事前に準備した上で、対象者を選定する必要があります。

たとえば、Oisixの購入頻度の減少を解決したい場合、同じ時期に入会して続けているお客様と解約したお客様の差に関するデータを収集して、解約理由についての仮説を立て、それを検証できるお客様に絞ってヒアリングを行います。

Point.2 ヒアリング

菅さん:解きたいイシューによって、必要なヒアリングの数や深さは違います。対面でないとわからない場合、数が必要なので電話で行ったほうが良い場合、もっと数が必要なのでアンケートで行ったほうが良い場合、その組み合わせなど複数のパターンがあります。

弊社では、子ども向けメニューの改良のために「コドモニター」というヒアリングを行いました。Kit Oisixは開始当初、育児中の開発メンバーがほぼおらず、子どもが好きなメニューや食べたいメニューがよくわかっていないところがありました。

そこで、ターゲットとなる3~5歳のお子さんと親御さんを実際に社内に呼び、目の前でメニューを食べてもらって評価や感想をもらいました。お子さんが実際に食べる様子を間近で見るからこそわかることが多くあり、Kit Oisixの満足度向上に貢献したと思います。

Point.3-1 商品

Point.3 商品

菅さん:商品改良でありがちなのが、お客様からの声があがってきてから考えるという流れですが、Oisixではお客様からの声を待つよりもすぐに訊くのが基本です。そうすることで、お客様の潜在的なニーズや言語化できていないことを拾うことができます。

たとえばKit Oisixのレシピカードは、もともとは基本的に文字情報で、大事なところに付箋や色をつけていました。ところがヒアリングにより、それらが全然読まれていなかったり、「ひたひたに水」や「キツネ色」といったレシピ特有の表現があまり伝わっていなかったりすることがわかったのです。

そこで、文字ではなく写真で調理工程を見せるように改良を行いました。改良前に、「写真をしっかり見せてほしい」といった声があったわけではありませんが、お客様の特性やニーズをヒアリングして改良した結果、「今まで料理が得意ではなかったけどわかるようになった」といったお声も頂きました。

Kit Oisixもスタートから10年経ち、時代とお客様のニーズに合わせながら進化することが大事だと考えています。そのなかで、「手仕事Kit」や「超ラクKit」といった新しいサービスも生まれています。

Point.3-2 組織

Point.3 組織

菅さん:日々のEC運用に追われながら新しいサービスを作ることは難しいと思います。Kit Oisixの開発は、EC事業部から切り出して代表直下のサービス進化室の専任メンバーで立ち上げたことが大きかったです。

Oisix流ナレッジ蓄積

菅さん:商品開発にあたっては、新しい事業を作りたいというより、お客様のニーズを解決したいというのが根幹にあります。Kit Oisixの開発では何が正解かわからないなか、がむしゃらにやってきましたが、そこから10年経ち、第二、第三の商品を作っていくときに、みんなが同じ落とし穴にはまらないよう、つまずいたところはできるだけナレッジ化するようにしています。

Point.1 チーム創り

菅さん:弊社で新しくサービスを作るときは基本的に3名程度の体制で行います。具体的には、企画メンバー、サービス業務構築・オペレーションメンバー、レシピが必要な場合はレシピメンバーの3名です。

その後、必要なフェーズに応じてデザイナーなどにもアサインしてもらいます。メンバーが増えるほど楽にはなりますが、当事者意識が薄れていくので、まずは3名体制で、専任のメンバーで始めるのが良いと考えています。

Point.2 サービスプロデューサー

Point.2 サービスプロデューサー

菅さん:私のチームでは「サービスプロデューサー制度」を導入しています。サービスプロデューサーとは、サービスに関する意志決定や、サービスっぽさの判断・言語化する人です。

Point.3 メソッドを集約

菅さん:これまで新サービスを立ち上げるなかで、困ったこと、やってきたことをメソッド化し集約して、誰かが同じように困ったときに見に行けるようにしています。

Point.4 ヒアリング伴走

菅さん:ヒアリングは、はじめのころは項目に合わせた一問一答になりがちで、お客様がなぜそう答えたのかまで深掘りができなかったり、はじめと途中で真逆の答えになっていることに気づけなかったりします。そこで、慣れている人が横に座ってフォローしたり、上手な人のヒアリングを録音して聞けるようにしたりすることが上達の近道です。

Point.5 企画実験フォーマット活用

菅さん:企画を立ててから実行するまでに時間がかかると、目的が忘れ去られてしまうことがあります。そのため、企画の目的や現時点でわかっていること、指標などをあらかじめフォーマットに記入できるようにしています。まずこのフォーマットに記入することで頭を整理できますし、企画を実行するなかでフォーマットをもとにレビューもできます。弊社では何か新しいことを実験するときは、このフォーマットを活用するようにしています。

ウェビナーに関する質疑応答

Q:モックでの仮説検証はどれくらいの期間をかけて実施しましたか?

菅さん:時期によりいくつかのパターンがありましたが、全体で3~4か月かけました。

Q:コロナ禍以降、オンラインが主体のままなのですが、ヒアリングはやはり対面のほうが良いでしょうか?

菅さん:オンラインには気軽にできる良さがあり、弊社でもオンラインで行う場面もまだまだ多いです。一方で対面では、商品や紙物を直接見ていただくことで意思疎通がしやすく、実際に食べてもらうなどできることが増える良さがあります。

一番良いのはご自宅訪問です。時間と手間はかかりますが、生活の環境や大事にされていることがわかります。また、冷蔵庫を見せてもらえることもあり、お話には出てこなかったことがわかることもあります。

Q:お客様のご自宅に伺ってヒアリングをする場合、どのようにお願いされていますか?

菅さん:はじめからご自宅訪問前提でヒアリングに応じてくれるお客様を募っています。良いよと言ってくださるお客様は多いです。

Q:レシピ改善などで、お客様から直接のお声はないものの改善が必要だと感じる場合、着手するか否かの判断はどうされていますか?

菅さん:直観的に判断することも結構あります。絶対やるべきで、簡単にできることならその日のうちに着手することもありますし、時間がかかるものはマトリクスを作成して優先順位をつけています。

Q:昨今のさまざまな値上げに対し、どのような努力をされていますか?価格感はヒアリングをもとに決定されますか?

菅さん:価格はヒアリングをしながら決定するものもあります。また、サービスプロデューサーが価格を決めるものもありますが、値上げ要請があっても、今の価格だから売れているという場合は値上げしない判断をすることもあります。いずれにせよ、商品価値を上げないとコモディティ化してしまうので、常に新たな付加価値を考えながらアップデートを行っています。

Q:新商品の開発において、ヒアリング以外で普段の仕事や生活で着目していることは何ですか?

菅さん:日本だけではなく海外の状況や、違う業界業種の情報も見に行くようにしています。意識してやらないと時間に追われてそのままになってしまうので、「○曜日の○時はこの時間にする」と決めています。

Q:会員数がどのくらいのときに何人くらいをヒアリングされましたか?お客様の意見を採用するかどうかは統計的にどのように判断されていますか?

菅さん:「Kit Oisix」立ち上げ時は会員が4~5万人いるかいないかの時期でした。ヒアリングの対象数は状況やヒアリングしたい内容によりますが、1セグメントにつき5人くらいは必要だと考えています。ただ、その5人が偏っていて間違った判断になるリスクもあるので、定量的なアンケートと定性的なヒアリングをかけあわせるようにしています。

Q:解約をするお客様や購入頻度が減っているお客様は、サービスに対する熱量が下がっている状態だと思いますが、どのようにインタビュー対象を確保していますか?

菅さん:対象となるお客様にセグメントを絞り、メールを送ったり、場合によっては電話で直接お願いしたりしています。ただ、反応率はアクティブなお客様より低めなので、場合によってはインセンティブを上げることもあります。

Q:新たな商品を展開する場合の基準はありますか?

菅さん:明確にはありません。他社とアライアンスをするときは明確な基準がないと難しいですが、社内でやるときはまず一度テストしてやってみることが多いです。

Q:ゼロイチの仕事をするときにまず何から着手されていますか?また、大切にしていることは何ですか?

菅さん:まずはお客様の理解からです。また、自分のなかでは3C分析を大事にしています。弊社としては競合を意識することはあまりありませんが、世の中がどうなっているか理解することは大事です。

Q:もともと想定していた対象者が、ヒアリングで変わったことはありますか?

菅さん:サービスによってはあります。たとえばヴィーガンの方向けのメニューは、30~40代で体に良いことを重視する人を想定して始めましたが、提供するうちに50代でお肉が重く感じるようになってきた方の需要も出てきました。やっていくうちに定着していくお客様が変わることは珍しくありません。

Q:新しいことを始めるとき、予算取りのポイントはありますか?

菅さん:弊社では期初の前に予算取りを行います。そのため、一年の動きをなんとなく予想しておかないと予算が取れません。やることをできる限り具体化して、押さえておくことが大事だと思います。

まとめ:ウェビナーに参加してみて

商品開発において「お客様の声を聞く」ことはよく言われます。しかし、何でもいいから声を聞けば良いというわけではないこと、商品開発の成功の可能性をあげるためには具体的にどんな声を聞き、どのように商品に反映するのかがよくわかる事例でした。

まずはやってみるというフットワークの軽さを大切にしつつ、なぜそれをやるのかという目的を見失わないこと、目的を達するためには何を指標としてどのような方法を採れば良いのかを同時に考える重要性も忘れずにいたいところです。

今回のセミナー内容は、ジャンルに関係なく、新しい商品やサービスの開発・改良に取り組むあらゆるEC事業者にとって参考になる内容なのではないでしょうか。

▼「プロシェアリング」について
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