
ブランドマネージャー 井上 剛貴さん
ベビーフードブランド「the kindest(カインデスト)」を展開する株式会社MiL。D2Cからスタートした同社は現在、全国のリアル店舗(リテール)へと販路を広げ、売上の半数を占めるまでに成長しています。
D2Cブランドがリテールへ進出する際、「利益率が下がるのでは」「歴史ある競合に勝てないのでは」といった懸念が必ずつきまといます。「リテールは利益率が低い」という定説の真実から、実績ゼロの状態からバイヤーを動かした独自のデータ活用術などD2Cブランドがオフラインを攻略するためのリアルなノウハウを、同社のブランドマネージャー、井上剛貴さんに伺いました。
この記事の目次
食からウェルビーイングを。レストランからD2Cへの転換
――まずは、株式会社MiLが現在の事業に至るまでの変遷について教えてください。
井上さん:弊社は「食で豊かな人生(ウェルビーイング)を作っていきたい」という想いから、代表とその妻、そしてフレンチシェフの3人で2018年に創業しました。実は、最初はレストラン事業からスタートしているんです。
できる限り砂糖や油を使わないこだわりの料理を提供していたのですが、例えばそこで使っていたレバーペーストは、普通はバターや油、お酒を使うところを一切使わずに作られていたんです。それを見た小児科医や管理栄養士の先生方が「これ、離乳食に使いたいよね」と。そういったレストランで使っていた技術が、現在の「the kindest」のベビーフードにフルに活かされています。

井上さん:ただ、非常に良いものである反面、どうしても単価が高くなってしまうため、最初のブランドリリースのタイミングでは、どうしてもこだわって育児をされたい方がウェブで買われる、いわゆるD2Cのモデルからスタートしました。
――そこからリテール(卸)へ展開し、現在は売上比率が半々になっていると伺いました。あえて「リアル店舗」への展開に力を入れた最大の理由は何だったのでしょうか?
井上さん:一番の理由は「食育を世の中のあたりまえにし、豊かに生きる人を増やす」という弊社のビジョンを達成するためです。D2Cで一部の方が買うだけのサービスで終わらせる設計では、元々目指していたところと違いました。
しかし、ビジネス的な観点で見ても「D2Cだけの勝負はかなり厳しいな」と早い段階で思っていたことも大きいです。子供が離乳食を食べるタイミングは1年間しかないんですよね。今、出生数は減っており、ゆくゆくは年間で 70万人を切る予測が立っています。
1年間で70万人しかいないゾーンを的確に取り込まなきゃいけないとなると、プレイヤーが増えれば当然CPA(顧客獲得単価)の高騰合戦になってしまい、厳しいなと。また、参入障壁の高いオフラインの店舗に置かれることはお客様の信頼に繋がります。
そういった背景からD2Cだけで戦うのではなく、一人でも多くの方に届けるためにも、そしてブランドを守るためにも、リテールに出ていく必要があると考えました。

ビジネスモデル:D2Cとリテールの「利益」の真実
――一般的に、D2C事業者が卸展開をする際、「間に問屋が入るため中抜きされて利益率が下がる」と懸念する声が多くあります。井上さんは、D2Cとリテール、それぞれの収益構造(PL)の違いについてどのように捉えていますか?
井上さん:「リテールは利益率が悪いんじゃないか」というお話は、いろんなD2Cの経営者やCMOの方からもよく耳にするんですが、私は全く違うと捉えています。
PL(損益計算書)上の構成を簡単に言うと、売上と原価があって粗利が出ますよね。同じ商品をオフラインで売る場合は卸の掛け率があるため、当然単価を落として売らなきゃいけず、実は(1商品あたりの)売上はかなり凹みます。原価は一緒なので結果として粗利は減るんですが、一方で、D2Cのように自分たちで集客をして認知を取ってくる必要がないんです。
リテールの場合は、子育てをしたことがある方なら誰もがご存じの企業の店舗の方々が、店舗のブランド力で集客をやってくださっているので、我々は広告宣伝費をほとんどかけなくていい。さらに、プラットフォームの販売手数料や荷造り運賃といった販管費も圧縮できます。
広告宣伝費を含めたトータルの利益構造で見ると、最終的な利益効率はリテールのほうがむしろ良い部分もあると考えています。
――なるほど。ただ、元々Webで販売することを想定した価格の商品を店頭に並べると、他の一般商品と価格差が出てしまい、勝負が難しいという声も聞きますが、その点はいかがですか?
井上さん:正直、そこは我々も難しく感じているところはあります。例えばベビーフードコーナーに行くと、名だたる大手企業のブランドがズラッと並んでいて、最終的には価格を比較して「180円、200円、230円……じゃあ180円のを買おう」という構造になりがちです。ここで勝負するのは確かに難しい。
なので、棚の作り込み方や店頭の販促施策が重要になります。例えば一部の店舗では「the kindest」の専用コーナーを作っていただき、ベビーフードだけでなくお菓子や飲料も並べて「このブランドのコーナーですよ」と設置していただいています。
そうすることで、価格勝負ではなく「このブランドが好き」「この世界観が好き」という方に買っていただく構造が作れるんです。

戦術①:バイヤーが関心を持つ「実績」と「データ」の作り方
――実績のない段階から、大手メーカーがひしめくリテールの棚を獲得していくのは非常にハードルが高いと思います。どのようにしてバイヤーと交渉し、配荷店舗を拡大していったのでしょうか?
井上さん:これにはちょっと業界特有の事情がありまして。実は子供の市場、特にベビーフードは、大手メーカーさんであってもプロモーション予算が限られているケースが多いんです。
――それはなぜですか?
井上さん:市場が縮小傾向※にあるため予算が割り当てられづらいと考えています。加えて、昔からある古豪のブランドさんは基本的にマスプロモーションで認知を取られてきた企業さんなので、Webプロモーションをガッツリやっている競合が当時はほとんどいなかったんです。
※日本食糧新聞のデータより算出。2014年から2025年にかけて、育児用調粉の国内向け生産量は年平均で約1.28%減少している。
そこで我々は、D2Cのチャネルでしっかり利益が取れるエコノミクスを成り立たせながら、インフルエンサー施策などに広告費を投下しました。リーチを伸ばすことで認知が拡大すれば結果的にオフラインに影響力が波及します。そういった取り組みを経て「この業界で一番プロモーションをやっている会社だよね」というポジションを取れたんです。
もう一つ、我々は商品を購入してくださらなくても無料で登録できるLINEのコミュニティを運営しています。商品の機能的価値を押し出して「子どもがいっぱい食べる離乳食です」「栄養がたくさん入っています」と訴求しても、美味しいものが欲しい人、栄養が欲しい人、安全なものが欲しい人と課題がバラバラな中でそれぞれにアプローチしていくのは難しい。でも、親になったばかりの方が持つ「離乳食は初心者でわからない」という共通の課題にならアプローチできます。
そこで、小児科医や管理栄養士がいる弊社が無料で情報提供を行うことで価値を持たせています。情報は単に一斉配信するのではなく、ご登録いただいたお子さんの月齢に合わせて「今〇か月なので、こういう課題はありませんか?」「こんな情報がありますよ」と、個別のアプローチを徹底しています。こういった地道なコミュニケーションを続けた結果、現在では年間の出生数の約10%にあたる方にご登録いただき、影響力を高めています。
――出生数の10%!それは驚異的な数字ですね。そうしたコミュニティの熱量や、先ほどのインフルエンサー施策といったオンラインでの動きは、バイヤーさんとの交渉にどう影響しているのでしょうか?
井上さん:まずコミュニティに関しては、「いつも育児情報をくれるブランドの商品がお店にあったから買ってみよう」というように、店頭での購買のベース作りにじわじわと効いてきています。こういった地道な活動を行っていることも、バイヤーさんには丁寧に共有しています。
それに加えて非常にわかりやすいのが、インフルエンサー施策の影響です。メガインフルエンサーさんがSNSで投稿したタイミングで、明らかにオフラインのPOSデータ(販売実績)が伸びるという相関関係が見えてきました。そのデータを統計的に出して、インフルエンサーさんとの取り組みを強化すれば、もっと売上が伸びるストーリーをバイヤーさんに共有いたしました。
こういった取り組みはあまり他社さんが取り組んでおらず、今までWebのプロモーションに取り組んでみたいと思っていたバイヤーさんにとって、具体的なデータに基づいた我々の提案が新しい武器として歓迎されたのだと思います。
ただ、そういったデータを提示するだけでなく、オフラインならではの「ウェットな人間関係」の構築も非常に重視しています。バイヤーさんからの信頼を得るために、我々にできることは何でもやらせていただくというスタンスで臨んでいます。
ECサイト上でのBtoCのマーケティング視点を持ちながら、現場でのBtoBの泥臭い営業スキルもしっかりと両立させることが、結果的に店頭での専用棚の獲得やシェア拡大に繋がっていると感じます。
戦術②:「指名買い」されない場所でのパッケージ検証
――D2Cのランディングページ(LP)で売るのと、スーパーなどの棚で売るのとでは、お客様の購買行動は全く違うと思います。リテールの店頭で「選ばれる」ために、パッケージデザインなどで特に意識していることはありますか?
井上さん:全く異なりますね。LPは広告などを見て興味を持った「購買意向の高い方」が訪れますし、じっくり見るというマインドがあるので接触時間も長いです。一方リテールは、いろんな商品が混ぜこぜで比較される場所で、目に留まるのは一瞬です。インサイトも接触時間も大きく違います。
なので、リテールでは「瞬間的に目を引くアイキャッチ」と、「手に取ってもらった上で購買を後押しする説得材料」を両立させるパッケージデザインが必要です。ただ、論理的なスペックの説得材料を目立つように載せれば売上は上がるかもしれませんが、ブランドとしての統一性はどうなるんだ、という情緒的な部分とのバランスが非常に難しいですね。
――パッケージを変えてみて、何かわかりやすい反応の違いが起きた事例はありましたか?
井上さん:わかりやすい数字が「逆に出なかった」という部分はあります。「まんてんバランス」という売れ筋の商品があるのですが、元々ココア味のみの展開でパッケージがピンク色だったんです。新しくイチゴとバナナのフレーバーを出すことになり、イチゴをピンクにするために、ココアを茶色に変更せざるを得なくなりました。
社内からは「ピンクで認知されている売れ筋商品の色を茶色に変えたら、既存のお客様が離れて売上が落ちるんじゃないか」と強い懸念が出ました。しかし、結果として売上は何も変わりませんでした。
――色を変えても、売上は落ちなかったんですね。
井上さん:そうなんです。SNSなどで変更をしっかりPRしていたこともありますが、やはりパッケージ単体ではなく、プロモーションを含めた全体の設計で支えられているのだと実感しました。
リテールではLPのように手軽にA/Bテストができません。消費者インタビューで「これいいと思いますか?」と聞くのも大事ですが、あれってちょっと「いいって言ってあげよう」みたいな忖度が発生すると思うんです。A/Bテストって、リアルなアクションなんで忖度が発生しようがないじゃないですか。
なので弊社では、社内にダミーのパッケージを並べた「棚」を用意して、コミュニティのお母さんやお子さんに来ていただいて「自由に買い物をしてください」という、よりリアルな場での検証テストを行っています。

最後に:これからリテール展開を考えるD2C事業者へ
――最後に、これからリテール展開を考えているD2C事業者の方へ、アドバイスをお願いします。
井上さん:リテールは始める際にそれ用に物流などさまざまな環境を整える必要があり、立ち上げのタイミングは非常に大変だと思うんです。D2Cでの着実な成長とは毛色の違うパワーがかかる領域です。
でも、自分たちで企画・開発した商品がリアルな場に置かれ、お客様が実際に手に取っているのを見られるというのは、D2Cでは味わえない格別にいいところだなと思います。
展開していく中で、バイヤーさんから商品に関して色々な要望を言われることもあります。ただ、バイヤーさんの言うことをすべて聞いてしまうと、最終的には同じような商品ばかりになってしまいます。我々が「ここは絶対に負けたくない差別化要素だ」という部分はしっかり守りつつ、バイヤーさんが求めるものといかに丁寧に会話をしてマージしていくかが重要だと思っています。大変だとは思いますが、ぜひ頑張っていただきたいですね。
■the kindest 公式オンラインショップ
https://the-kindest.com
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