豊洲漁商産直市場のデジタル変革!電話・FAX受注からEC立ち上げによる水産業のDX
株式会社豊洲漁商産直市場 長野泰昌さん(中央)、平沼秀之さん(左)
カラビナテクノロジー株式会社 丸山智大さん(右)
インタビューの概要

株式会社豊洲漁商産直市場(以下「トヨイチ」)は、全国の漁港から鮮魚を入荷し、飲食店などに卸している会社です。もともと電話・FAXのみでの受注を行っていたところから業務アプリ構築クラウドサービス「kintone」とBtoB EC・Web受発注システム「Bカート」を活用したDXを実施。新たな基幹システムとECサイトにより客単価は1.2倍に、全体の売上規模も1.5倍くらいになったと言います。

独自の商習慣やルールも多い水産業において、どのようにしてDXを実現させたのか、トヨイチの代表取締役である長野泰昌さん、常務取締役の平沼秀之さん、システム開発会社であるカラビナテクノロジー株式会社の丸山智大さんに伺いました。

次世代のためのDX、限られた予算のなかで実現するために

――トヨイチさんがDXに取り組むきっかけは何だったのでしょうか。

長野さん:きっかけは親会社の資本業務提携によりオイシックス・ラ・大地の連結子会社になったことです。

もともとオンプレミスの基幹システムを使っていたのですが、時代の流れとともに脆弱性が拭いきれない部分が出てくるようになりました。また、次の世代にバトンを渡すことを考えると、DXを進めておかないとトヨイチは続かないという危機感もあり、さらにECの必要性も感じていたことから、オイシックスの連結子会社だったカラビナテクノロジーに相談しました。

――「kintone」と「Bカート」を選んだのはなぜですか?

長野さん:本当はゼロイチですべてのシステムを自社で作りたかったんです。しかし見積もりを取ると、やはり中小企業の手が届くような金額ではありませんでした。

丸山さん:予算的に厳しいということも聞いていたので、いわゆるノーコードと言われるものでできないかと調べました。そして、操作が簡単なこと、セキュリティ面で実績があることから、基幹システムの役割として「kintone」を提案させていただきました。トヨイチさん独自の業務プロセスに対応するため、カスタマイズ性も重要だったからです。

またkintoneと連携させるWeb受発注システムに関しては、電話での受注を残しながらECの受注も増やしたいというトヨイチさんの要望があり、代理ログイン機能で電話受注も簡単に処理できる「Bカート」を提案しました。

長野さん:ゼロイチで構築すると数千万円かかるところを、最終的には半分くらいに抑えられました。それでも、判断を間違えると会社が倒れるレベルのことだったので、ひやひやでしたね。当時、都内の魚屋でECを運営していたのは大手の2社くらいで、そこと勝負をするわけです。「お金は出せないけど知恵は出せる」という、泥臭いことの連続でした。

株式会社豊洲漁商産直市場 代表取締役 長野泰昌さん
株式会社豊洲漁商産直市場 代表取締役 長野泰昌さん

――以前のシステムはどのような仕組みだったのでしょうか。また、運用フローについても教えていただければと思います。

長野さん:データベース管理システム「FileMaker(ファイルメーカー)」で、すべて作成していました。当時はシステムの担当者に実際の市場で1か月間仕事をしてもらい、市場のモノの流れを体現した見事なシステムができました。丸山さんにはそのシステムを見せながら業務の流れを説明して、それを他サービスを用いてアップデートさせることでEC導入に向かっていきました。今回のDXは、既存のシステムがバトンを繋いでくれなければ実現し得なかったと思います。

丸山さん:トヨイチさんの課題のひとつが、受注の効率化でした。以前は、毎日(豊洲市場休市日以外の日)15時から0時30分までスタッフの方が常駐して電話やFAXで注文を受け、システムに手動で打ち込んでいました。プロを相手に注文のやり取りをするので、そこを担当するスタッフには水産の知識が必要です。しかし、そのスキルがある人が将来的に不足する可能性があったんです。

平沼さん:当時、夜は2名体制で、忙しいときがある一方で、曜日や時間帯によっては1時間に2~3本しか電話が来ないこともありました。そんなときでも、スキルのある優秀な人間が、電話を待っていないといけないという状況だったのです。

長野さん:私が水産業界に飛び込んだ当時、業界大手2社がすでにすごいシステムを持っていたので、そこに参入するには「逆張りのヒト対ヒトで、直電で泥臭く!」と始めたスタイルでした。しかし、次の世代に繋いでいくためにはDXを進めないと確実に続かないとも考えていました。世代交代に向けて何が必要かというのが、今回のDXの一番の中心でした。

株式会社豊洲漁商産直市場 平沼秀之さん
株式会社豊洲漁商産直市場 平沼秀之さん

水産業ならではの商習慣やルールに対応するためには現場を知ることが必要

――新たなシステムの構築はどのような流れで進めましたか?

丸山さん:要件整理に3か月くらい、そこから要件定義をしてシステムを作っては直してというのを半年くらい続けました。そこで一度テストをして、その結果を基に1か月くらいかけて修正を行い、2023年9月1日に正式にシステムを稼働しています。

長野さん:毎週オンラインミーティングをして、丸山さんには市場に何回も来ていただきました。丸山さんは魚のことがわからない、私はシステムのことがわからない。だからお互い腹を見せ合って、本音でやりましょうと。

丸山さん:システムのリプレイスでは、現場の人が使いやすいことが一番大事です。そこで、市場で作業している方の隣で一日中すべての作業を見せてもらい、求められるスピードや操作性を体感したうえで、ご提案させていただきました。

――特に印象的だった水産業ならではの商習慣やルールをお教えください。

丸山さん:一番印象的だったのは、ピッキングという作業です。魚は、1尾単位で注文を受けますが、出荷時には重さを測って重さ単位での請求になります。DX前は、紙で記録したものを事務の人に渡してシステムにそれぞれ手打ちしていました。それをiPadで効率化したいというのが、ひとつ大きな命題だったのです。

そこで、ITに不慣れな人でも使えるよう、実際に現場を見たうえでデザインやUIを考え、現場の反応を見聞きして修正を重ねました。たとえば、最初は数値を入力するだけだったのですが、「測定後の商品を箱に入れたかわからなくなるからチェックボックスをつけてほしい」とご要望をいただき、翌日までに対応したことも。市場の人たちがシステムを使う様子から、イラっとした瞬間を見逃さないようにし、操作性を改善していきました。

長野さん:水産業ならではの商習慣やルールは大きなハードルでした。たとえば、水産物は産地が違えば質が変わってきますし、時期による違いもあります。魚1尾、いか1杯、サザエ1個というように、商品ごとに単位すら異なります。毎日1尾1尾違う水産物の情報を、お客様にわかりやすい形で提供しないといけません。

そのうえ、水産業に携わる人たちは日々、時間との戦いです。飲食店からの「その日のランチで必要」といった注文もあるので、限られた時間のなかで仕事を進めなければならないのです。

とはいえ、水産業の中心はいまだに電話やFAXなど紙でのやり取り。そんななかで、紙でのやり取りと同等かそれ以上に便利だと感じてもらえるECサイトを作る必要がありました。

リプレイス後一週間が勝負、売上向上を実現させた対応とは

豊洲漁商産直市場のECサイト
豊洲漁商産直市場のECサイト

――DX後、ECサイトを利用するお客様の反応はいかがでしたか?

長野さん:最初は、「電話じゃないとめんどさくてやってられるか!」とお叱りの嵐でした。もちろんそれは想定内だったので、最初の目標は1週間以内に「やっぱり、このECサイト良いじゃん」とお取引先の皆様に感じてもらうことでした。そうでないと、取引をしてもらえなくなり、トヨイチは終わってしまう。そう考えていたので、最初の一歩を非常に重視していました。

まずは、取引のある飲食店に片っ端から電話やご挨拶に伺い、ECサイトの説明を丁寧に行いました。その後は、配達のスタッフが商品をお届けする際にお客様の声を直接ヒアリングし、細かい要望も一つひとつ丸山さんに共有しました。こうしてほしいという要望に対し、その都度スピーディに対応してもらえたことで、これなら行けるかもと思えましたね。

結果的に、2週目にはしっかりと稼働できるようになりました。時間とともにECでの注文は増えており、DXして正解だったという局面がたくさんあります。とは言え、最初の頃は毎日のデータ集計のときに、顧客ががくんと減っているんじゃないかとドキドキしていましたね……。ITと言えどやっぱり最後は「人」だなと。丸山さんでなければ実現できなかったと思うので、丸山さんに出会えて本当に良かったです。

平沼さん:今は8割くらいがECサイトからのご注文です。アクセスを見ると、若い料理人のユーザーも増えていることがわかり、業界全体において世代交代の波を感じています。だからこそ、DXして良かったと改めて思いますね。

長野さん:このDXによって見える化できたこともたくさんあります。たとえば、電話受注では常駐2人で2回線、ピークタイムでも4人で同時に4回線までしか注文を取れなかったため、注文が集中する時間帯は回線がすぐにパンクしていました。

しかし、ECサイトができたことにより、今では電話では取り切れなかったであろう数の注文に対応できています。電話対応している人にとっても、「ECって悪くないよね」となるシステムになっているのは、すごいことです。

さらに、電話では日に一度の受注で終わっていたのが、繰り返し注文が入ることも増えています。たとえば「あの商品注文するの忘れてた!」というお客様の場合、電話の場合はなかなか繋がらないところにかけなおすのも面倒で、そのまま諦めてしまう方も多かったようです。しかし、ECサイトからであれば難なく注文することができますよね。

また、ECならスマホでその場で発注できるので、注文いただける時間帯の幅も広がり、お店を閉めた帰り道かな?という時間帯に注文が入ることも多くあります。

平沼さん:追加で注文しやすくなって、実際に客単価が1.2倍くらい上がりました。DX後、全体の売上規模も1.5倍くらいになっています。

長野さん:本当にいろいろありましたが、お客様に恵まれたと思いますし、ここまで来ることができたのは、お客様との信頼し合える関係性の賜物かなと思っています。最初に使いづらいところがあっても懲りずにお付き合いいただけて、おかげでヒアリングもできました。市場や産地の方々にも多くのお力添えをいただきましたね。DXという新たなステージに立つとき、これまで真面目に愚直に日々積み上げてきた小さなことに助けられた感じです。

独自の業務プロセスにはカスタマイズで対応、1アクセスでほしい商品にたどり着く

――DX化後のシステム運営のフローをお教えください。

カラビナテクノロジー株式会社 丸山智大さん
カラビナテクノロジー株式会社 丸山智大さん

丸山さん:魚は毎日商品がガラッと変わるため、その日の始めにまずkintoneで商品管理をして、商品を更新したらBカートに同期します。毎日100商品くらいの更新を、11~15時の間1人で対応しなければなりません。

トヨイチさんでは注文受付が15時~0時20分という要件があったため、15時になったら注文ができるようにBカートをカスタマイズしています。Bカートの代理ログイン機能を使うことで、電話やメール・LINEからの注文受付も可能です。

注文受付時間終了後は、Bカートの受注取り組みのボタンを押すと、その日の受注がすべてkintone側に入る処理がされます。トヨイチさん独自の出荷プロセスに合わせてkintoneをカスタマイズしているので、現場ではkintoneの画面を見つつスムーズに出荷してもらえるようになっています。もちろん、お取引先となるサイト会員情報もkintoneで管理できるようになっています。

長野さん:すべてをBカートサイトからの注文に移行するのではなく、あえて電話やメールでの対応を残しているのは、ECだけだとニュアンスが伝わりきらない、リアルなニーズに答えるためです。たとえば、一般的には鱗をつけたまま出荷する商品を、鱗を取った状態にしておいてほしいなど。個別のニーズをすべてシステム化するとなると膨大な数になってしまうので、ECサイトに見当たらないものは、受付時間内に電話で承るようにしています。私たちの言葉では「ひろい」と言うのですが、これが実は意外とポイントです。こういった、「EC」+「アナログ(電話・FAX)」の対応をやっているところはあまりないのではないでしょうか。

DX前後で人員は半分以下に、売上は飛躍的にUP

――ECサイトを立ち上げるにあたり、苦労されたのはどのようなところですか?

丸山さん:一番苦労したのは在庫管理ですね。魚は1尾で仕入れて、それを半身や1/4で売るのですが、トヨイチさんからはそれらを商品ページ一つで完結したいとご要望いただきました。たとえばマグロを3尾仕入れて、半身(0.5)売れたら在庫は半身(0.5)とそのままの2尾を合わせて2.5尾で管理するといったようにです。他にも、魚には背身と腹身の概念があるので、1尾を4分割で管理した場合、背身が2つ売れた時点で数値上では半身の0.5尾、でも実際は腹身が2つである、というのがきちんと管理できるように、などなど。かなり複雑であったため、最初は「無理です」とお伝えしたのですが、どうしてもと言われ、考えに考えて、Bカートの機能を弊社で独自にカスタマイズして実現させました。

また、魚は1尾で受注しても納品は重さ単位になるため、単価を2つ表示する必要がある点にも苦労しました。Bカートの標準機能では、数量ごとの単価と重さごとの単価を同時に対応することはできなかったため、こちらもカスタマイズでなんとかして乗り切りました。

長野さん:ECサイトの構築にあたっては、お客様が日頃スマホでAmazonや楽天市場を利用するように、簡単に魚を買えることを条件にお願いしています。そのひとつが、『ほしい水産物を検索すると1アクセスでたどり着けるように』です。階層を深くすれば実現できることでも、1アクセスとなると難しい。それをわかったうえで、簡単にアクセスできないと水産業界では利用してもらえないから、と丸山さんに依頼しました。ここも丸山さんがかなり頑張ってくれましたね。

はじめての育休取得も実現、新システムによる業務効率化

――DX化による業務の効率化についてはいかがですか?

長野さん:基本的に事務所ではPC操作で、市場ではiPadを使っているのですが、特に助かっているのが、社員がオフィスや市場で散らばって作業していても、iPadで位置情報を共有しておけば誰がどこにいるのかがわかり、商品に関しても常に同じ情報を共有できるようになったことです。情報の伝達漏れがなくなり、どこの誰に問い合わせをすれば良いかもわかり、指示出しも双方向にできるので、ヒューマンエラーが激減しました。

丸山さん:以前のシステムでは手入力が多かったので、入力ミスが多いことも課題でした。二度手間をなくし、情報入力の手間を簡略化することはかなり意識しました。

長野さん:DXを実現する前は、現場で買った魚の重さを測って紙に書いて、それを事務所に持って行ってもう一度PCに入力していましたが、今は現場でiPadに入力するだけで事務所にいる人に仕入れ情報を共有できます。

業務が効率化されたことで、当社で初めての育児休暇も取得してもらうことができました。水産業界ということもあり、以前だったら絶対に考えられないことです。

DX化のノウハウを共有して水産業全体で盛り上がりたい

――今後さらに挑戦したいことや取り組みたいことがあればお話しください。

長野さん:すでに取り組んでいることですが、水産のグローバル化に力を入れたいです。日本の水産は世界でもトップランクです。とくにASEAN各国の富裕層からのニーズが高く、ECによって現地から直に情報を見られることがアドバンテージになっています。せっかくDXしたのであれば、時差の問題を解決して、各国の現地時間をすり合わせて日本と同じタイミングで一斉に注文いただけるようにしてみたいです。

魚屋の仕事は過酷です。でも、事業として光るものがあれば人は模倣します。それによって業界全体が豊かになり、賃金水準を上げることにも寄与できる。そこを目指して、トップランナーになるために、同じ想いのメンバーと頑張っています。

平沼さん:魚の流通はとても工数がかかります。魚は歩留まりが悪くて、一匹を捌いても食べられるところは3割程度です。そのため単価が高くなりがちです。あまり高いと消費者に届きづらく、かといってただ安売りするだけでは商売として見合わない。DXで手間が解消されることで、魚屋がちゃんと儲かるようになり、魚屋で働きたい人が増えて、おいしい魚がもっと消費者に届くようになれば良いなと思っています。

長野さん:水産業界はDXが遅れている状況ですが、丸山さんのように真剣に向き合ってくれる方と取り組むと、限られた予算のなかでもこれだけのことが実現できます。このシステムは本来とてつもない財産です。本当はクローズドにしたい。でも、自社という小さなところで閉じるより、このシステムをみんなで使って業界を盛り上げていったほうが絶対面白い世の中になると考えています。

▼ 豊洲漁商産直市場がDXにあたって導入したシステムはこちら
●BtoB EC・Web受発注システム「Bカート
●Bカート×kintoneの連携を可能にする「Btone
●業務アプリ構築クラウドサービス「kintone

企画/構成/取材:竹内長

あわせて読みたい

コマースピックLINE公式アカウント

コマースピックメルマガ