
2024年4月より、トラック運転者の労働時間に関する基準が変更され、現状の輸送の需要に対応しきれなくなる可能性があります。これは「物流の2024年問題」として、さまざまな業界で問題視されており、経済産業省では「持続可能な物流の実現に向けた検討会」を開き、対応が検討されている状況です。本記事では、「物流の2024年問題」の基本構造を押さえた上で、EC事業者への影響と求められる対策について解説します。
この記事の目次
物流の2024年問題とは
「物流の2024年問題」とは、トラック運転者の労働時間に関する基準「改善基準告示」が改正されて2024年4月に適用されることで、物流業界における輸送の需要に対してトラック運転者が不足して、需要すべてに対応しきれなくなるおそれがあるという問題です。
経済産業省が開催した「第3回 持続可能な物流の実現に向けた検討会」における、株式会社NX総合研究所の資料『「物流の2024年問題」の影響について(2)』では、改正基準告知の改正により不足する輸送能力が試算されています。
2019年度のデータを基に、改善基準告知の改正後の労働時間で対応すると、すべての業界全体で不足する輸送能力の割合は14.2%、不足する営業用トラックの輸送トン数は4.0億トンになります。EC業界への影響という点では、卸売・小売業、倉庫業で不足する輸送能力の割合は9.4%と算出されています。
改善基準告示改正により変わる点
改善基準告示の正式名称は「自動車運転者の労働時間等の改善のための基準」です。2022年(令和4年)12月23日に改正されたものが、2024年(令和6年)4月1日から適用されます。
基準の対象である「自動車運転者」とは、「タクシー・ハイヤー運転者」「トラック運転者」「バス運転者」です。
厚生労働省発行のリーフレット「トラック運転者の改善基準告示が改正されます!」を参考にすると、トラック運転者の改正ポイントとして、以下があげられます。
改正前 | 改正後 | |
1年の拘束時間 | (年換算) 3,516時間 | (年換算) 原則:3,300時間 最大:3,400時間 |
1か月の拘束時間 | (月換算) 原則:293時間 最大:320時間 | (月換算) 原則:284時間 最大:310時間 |
1日の休息時間 | 継続8時間 | 継続11時間を基本とし、 継続9時間 |
この他にも、以下のような基準があります。
1日の拘束時間 | 13時間以内 (上限15時間、14時間超は週2回までが目安) |
運転時間 | 2日平均1日:9時間 |
連続運転時間 | 4時間以内 運転の中断時には、原則として休息を与える |
休日労働 | 休日労働は2週間に1回を超えない、 休日労働によって拘束時間の上限を超えない |
この改正により、トラック運転者が業務をこなせる一人あたりの時間が短くなります。そうなると、現状の輸送の需要に対して、ドライバーが不足するでしょう。
なぜ、労働時間を短くするのか?
改善基準告示改正の背景として、トラック運転者は求人に対して応募者が少ない状態がずっと続いており、慢性的な人手不足に陥っています。
そして、求人への応募が少ない主な原因としては、他の職業に比べて所得が低いこと、一方で労働時間が長いことがあげられます。
経済産業省が開催した「第2回 持続可能な物流の実現に向けた検討会」における、公益社団法人全日本トラック協会の資料「トラック運送業界の2024年問題」によると、トラック運転者は次のような状況にあります。
- 年間所得額は、全産業平均と比較して、大型トラック運転者で約5%低く、中小型トラック運転者で約12%低い。
- 年間労働時間は、全産業平均と比較して、大型トラック運転者で432時間(月36時間)長く、中小型トラック運転者で384時間(月32時間)長い。
つまり、トラック運転者への応募を増やして人手不足を解消するためには、賃金と労働時間が全産業平均並みになるよう、賃金の向上と労働時間の削減が必要だと考えられています。
そのための方法のひとつとして、改善基準告示の改正が行われるのです。
なお、2023年4月に適用される働き方改革関連法により、月60時間を超える時間外労働者に対し、大企業・中小企業ともにすべての事業者が50%以上の割増賃金率で計算した割増賃金を支払わなければならなくなります。従来、中小企業は割増賃金率25%で良いことになっていましたが、これが変更される形です。
物流の2024年問題はどうすれば解消できる?
物流の2024年問題が現実のものになると、いくら製品を作ることができても、いくら商品を売ることができても、そのすべてを運ぶことができないため、製品の製造や販売を制限せざるを得ないことになります。
そうなると、さまざまな業界の成長が止まってしまいます。もちろんEC業界も例外ではありません。そうならないために、各所で対応が検討されているのです。
荷待ち時間・荷役時間の削減
記事冒頭で紹介した、経済産業省開催「第3回 持続可能な物流の実現に向けた検討会」における、株式会社NX総合研究所の資料『「物流の2024年問題」の影響について(2)』では、輸送能力の不足の解消方法として、荷待ち時間・荷役時間の削減が提示されています。
たとえば、全体で不足する輸送能力に対し、以下の対応を行うことができれば、輸送能力の不足の解消が見込まれると試算されています。
- 荷待ち時間:荷待ち時間のある運行(24%)のうち、削減可能な運航の割合を100%、削減率を25%とした場合。
- 荷役時間:全体の運行(100%)のうち、削減可能な運航の割合を30%、削減率を16%とした場合。
配送サービスの料金の改定
ヤマト運輸では4月3日から「宅急便などの届出運賃等の改定」、佐川急便では2023年4月1日より「宅配便届出運賃等改定」が行われます。
ヤマト運輸の改定では、宅急便・宅急便コンパクト・EAZY・国際宅急便を対象として、運賃改定率が約10%となっています。
料金改定の背景には、2024年問題の他にも、昨今の国際情勢にともなう世界的な物価高騰がありますが、改定のタイミング的にやはり2024年問題は大きく影響しているでしょう。この動きは、他の配送会社にも広がるのではないかと考えられます。
トラック運転者の人手不足を解消するには、長時間労働の是正だけでなく、賃金の向上も必要です。ドラックドライバーの賃金が向上することは、それが配送サービスの料金に反映されることになります。
また、配送サービスの提供にかかるコストに見合った料金を設定することで、長期的にサービス提供を続けられる体制を整えることにもつながるでしょう。
参考
▶ヤマト運輸株式会社 宅配便など届出運賃等の改定について
▶佐川急便株式会社 宅配便届出運賃等改定のお知らせ
EC事業者に求められる対応
物流の2024年問題についての状況が改善されないと、EC事業者は、本当はもっと商品を売ることができるのに、出荷ができないために販売を制限しなければならない状況になるかもしれません。新規参入も制限され、業界の規模が縮小していく恐れもあります。
各所でさまざまな対応が試みられているなかで、EC事業者にできる対応としては、次のようなことが考えられます。
物流業務の効率化
トラック運転者の業務における拘束時間には、トラックを運転している時間だけでなく、荷待ち時間・荷役時間が多く含まれています。
荷待ち時間とは荷主や物流施設側の作業や指示を待ちトラック運転者が待機している時間、荷役時間とは荷物の積み下ろしや入庫・出庫にかかる時間のことです。
前述の資料にもある通り、荷待ち時間・荷役時間を削減することで、トラック運転者の労働時間の削減に対応できる可能性があります。荷待ち時間・荷役時間の削減は、今後、配送会社側から求められる可能性もあります。
物流業務の効率化は、配送サービスの料金値上がりが続く昨今、すでに多くのEC事業者が取り組んでいることかもしれませんが、今一度見直してみましょう。特に重視したいのが、入庫・出庫の際にトラック運転者の待機時間が長くなっていないかです。
送料など配送設定の見直し
2023年4月から、ヤマト運輸・佐川急便の配送サービスの料金が値上がりしますが、今後、他の配送会社でも料金値上がりが続く可能性は高いといえます。すでに値上がりの知らせを受けて対応している事業者も多いと思いますが、送料の設定や送料無料にするラインの見直しは必須でしょう。
今後、配送サービスの料金が下がる可能性は低いので、長期的に事業を続けるために、今のうちに無理のない設定にしておくことが重要です。その際、お客様に丁寧に案内を行うことが、値上げに対するネガティブな反応を少しでも減らすことにつながります。
また、これまでのEC市場では、商品の発送は早いことが第一優先されてきました。しかし、お客様によっては急がないのでまとめて発送してほしい、セール中でも繁忙期を外しての発送で良いというニーズもあるでしょう。
こういったニーズを拾うことができれば、売上は落とさずに出荷数を減らし、繁忙期に集中しすぎない一定の出荷数を保つなど、配送業者への負荷を減らせる可能性があります。
最後に:2023年の対応で2024年以降の状況が変わる
「物流の2024年問題」は、かなり差し迫った問題です。このまま状況が変わらなければ、2024年以降、EC事業者は思うように商品を発送できなくなるかもしれません。
2023年4月以降の大手配送会社の値上げにより、物流業務のさらなる効率化や送料設定の見直しなどを行っている事業者は多いと思いますが、2024年問題を見据えて対応を行う必要があるでしょう。
配送会社をはじめ物流業界が、2023年中にどのような対応を行っていくのか、ニュースのチェックや提携している物流業者に話を聞くなどして、常に最新の情報を把握しておくことも重要といえます。
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