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「顧客等」はどこまでか ─ ECは、買っていない人からの連絡が一番多い

「顧客等」はどこまでか ─ ECは、買っていない人からの連絡が一番多い

2026年10月1日、改正労働施策総合推進法が施行され、カスタマーハラスメント対策が全事業主の義務になりました。中小企業の猶予期間はありません。施行日の時点で一斉に適用されています。

この話題の解説記事はすでに大量に出ています。ただ、EC・通販の事業者が読んで「で、うちは何をすればいいのか」がわかるものは、ほとんどないと感じました。上位に出てくるのは人事・総務向けの一般論で、想定されている現場はおおむね店頭か電話窓口です。

EC事業者から実際に聞く最初の反応は、だいたい同じです。

「うちは店舗がないので、あまり関係ないのでは」

この判断が、そのまま義務違反になります。

連載の1回目は、範囲の話だけをします。体制整備の話は2回目以降にします。まずは誰からの、どのチャネルでの、どういう言動が対象なのか。ここが決まらないと、相談窓口を誰に向けて開くのかも、記録を何から取るのかも決まりません。

この記事の執筆者

鈴木 翔一朗
株式会社VILLION
代表取締役


大学中退後、プログラミング講師としてIT業界に入る。受託開発会社の正社員、フリーランスエンジニアを経て、株式会社VILLIONを設立。保健、介護、建設、保険、ゲームなど多様な業界をまたいで、要件定義から運用まで一貫して開発に携わってきた。現在はECサイトの構築・運用を受託するかたわら、そこで得た知見をもとにEC領域で自社事業を展開している。


https://villion.co.jp/

定義に注記が付いている

指針の定義は、次の3つをすべて満たすものを職場のカスタマーハラスメントとする、という形になっています。

  1. 顧客等の言動であって、
  2. その雇用する労働者が従事する業務の性質その他の事情に照らして社会通念上許容される範囲を超えたものにより、
  3. 労働者の就業環境が害されるもの

ここまでは各媒体が書いています。問題は、この定義に付いている注記です。

電話やSNS等のインターネット上において行われるものも含まれます。

さらに施行通達は、この「SNS等」について踏み込んでいます。

「SNS等のインターネット上において行われるもの」について、SNS等は当該事業主が運営するものに限らず、その種類は問わないこと。

要は自社が運営していない場所も対象です。 モールのレビュー欄、X、Instagramのコメント欄、口コミサイト。EC事業者にとって、顧客との接点の大半は自社の管理外にあります。その全部が射程に入っています。

「店舗がないから関係ない」は、逆です。接点はインターネット上の文字によるコミュニケーションで、しかも分散しているぶん、ECのほうが範囲は広いということになります。

「顧客等」に、買っていない人が含まれる

ここが、EC事業者にとって最も実務に効く部分です。

指針は「顧客等」の例として、商品の購入者やサービスの利用者のほか、取引先の担当者、施設・サービスの利用者及びその家族などを挙げたうえで、今後商品の購入やサービスの利用等をする可能性がある者も含むとしています。

そして施行通達は、このうち「事業主の行う事業に関する内容等に関し問い合わせをする者」の中身を具体的に示しています。

例えば、事業主の掲載する広告の内容について問い合わせをする者のほか、事業主に関連する報道を契機に問い合わせを行う者や、嫌がらせを目的とした問い合わせを行う者も含まれるものであること。

さらに、許容範囲を超えた言動の判断について、通達はこう書いています。

社会通念上許容される範囲を超えた言動については、契約の締結を前提としないサービスにおいても、そもそも要求に理由がない又はサービスと全く関係のない要求や顧客等の言動の内容が想定しているサービスを著しく超える要求、対応が著しく困難な又は対応が不可能な要求である場合などは、これに該当し得ること。

図1 「顧客等」は、買っていない人を含む

これがECで何を意味するか

ネットショップの問い合わせフォームは、購入者以外にも開いているのが普通です。会員登録も購入履歴も不要で、誰でも送信できます。広告を見ただけの人、SNSで名前を見かけただけの人、そして最初から嫌がらせを目的とした人。全部「顧客等」になります。

実務上の影響は2つあります。

購入者以外が「顧客等」になることの影響、ひとつ目

「購入者対応のマニュアル」として整備すると、射程を外します。注文番号のない問い合わせ、購入前の問い合わせ、そもそも商品と関係のない連絡。件数で言えば、EC事業者に届く悪質な連絡はむしろこちら側に偏っています。注文に紐づかないぶん、対応履歴も残りにくい。

購入者以外が「顧客等」になることの影響、ふたつ目

「お客様ではないので対応不要」という切り分けが、法律上は成立しません。カスハラの判断は、相手が購入者かどうかではなく、3要素を満たすかどうかで決まります。購入していない相手からの執拗な連絡も、同じ基準で評価する必要があります。

「継続的、執拗な言動」は、ECでは最も頻度が高い類型

指針は、手段や態様が許容範囲を超えるものとして、身体的な攻撃、精神的な攻撃、威圧的な言動、継続的・執拗な言動、拘束的な言動を挙げています。

店頭を想定すると「継続的・執拗」は居座りや再来店をイメージしますが、下表のように、ECでの現れ方は違います。

指針が挙げる類型

ネットショップでの実際の形

届く場所

精神的な攻撃

「訴える」「SNSに晒す」と書き添えた要求

問い合わせフォーム、返信メール

継続的、執拗な言動

同一内容の再送信、深夜帯の連続送信、返信のたびに論点を変えて終わらせない

メール、チャット、DM

要求内容が業務の内容と関係がない

使用済み・開封済み商品の全額返金、規約にない補償の要求

問い合わせフォーム

労働者のプライバシーに係る情報の投稿等

返信署名の担当者名を名指しした投稿、個人アカウントの特定

モールのレビュー欄、SNS

表の最後の行について、通達は補足を置いています。「SNS等のインターネット上へ労働者のプライバシーに係る情報の投稿等をすること」には、紙媒体で情報を流布することも含まれる。

EC事業者の返信は、ほぼ全てが文字で残り、転載も引用もできる状態で相手の手元に渡ります。署名に個人名を書く運用が、そのまま露出面になります。 ここは連載2回目で文面の設計として詳しく扱います。

典型例は限定列挙ではない

もうひとつ、見落とされやすい記述があります。

カスハラ防止指針に掲げる典型的な例に関しては、個別の事案の状況等によって判断が異なる場合もあり得ること、また、限定列挙ではないことに十分留意し(中略)広く相談に対応する、(中略)事案に係る事実関係を迅速かつ正確に確認するなど、適切な対応を行うようにすることが必要であること。

「リストに載っていないから対象外」という読み方はできません。社内の判定基準を例示のコピーで作ると、ここで対応が漏れます。

同じ言葉でも、受け手によって結論が変わる

通達は、判断の考慮要素のひとつである「労働者の属性や心身の状況」の中身をこう示しています。

例えば、労働者の経験年数や年齢、外国人であること、精神的又は身体的な状況、疾患や障害の有無等が含まれ得ること。

つまり、まったく同じ文面でも、受けた担当者が新人であればカスハラと判断され得るということです。

EC・通販の問い合わせ対応は、新人が最初に任される業務の筆頭です。そして繁忙期にはスポットの人員が入ります。「このくらいは普通」という社内常識を、経験年数の長い責任者の感覚で行うと、評価を外すのではないでしょうか。

もうひとつ、重い記述があります。

なお、労働者に問題行動があった場合であっても、人格を否定するような言動など社会通念上許容される範囲を超えた言動がなされれば、当然職場におけるカスタマーハラスメントに当たり得ること。

こちらに落ち度があっても、それによって人格を否定する言動まで受け入れる義務が生じるわけではありません。誤出荷や誤案内の直後は、現場が最も「こちらが悪いので」と引き受けてしまう場面です。非を認めることと、何を言われても耐えることは、別の話です。

自社が「顧客等」の側に立つ経路がある

ここまでは自社の従業員を守る話でした。もうひとつ、逆向きの話があります。

法第33条第1項の措置義務の対象となるカスハラの行為者には、取引先等の他の事業主やその雇用する労働者も含まれます。 EC事業者は、仕入先、物流委託先、受託開発先、モール運営に対しては「顧客等」の側に立ちます。

そして法第33条第3項は、こう定めています。

(行為者を雇用する事業主が)協力を求められた場合に事業主がこれに応じる努力義務を設けることとしたものであること。

実務上、何が起きるか

たとえば、繁忙期に物流委託先への督促が過熱し、先方の担当者が追い込まれる。先方が社内でカスハラとして受理し、自社に事実関係の確認への協力を求めてくる。このとき必要になるのは、誰が送ったどの連絡かを再現できることです。個人のメールアカウントや記録の残らないチャットで督促していると、確認に応じられません。

ただし通達は、範囲も限定しています。

行為者が私的な場面でカスタマーハラスメントに係る言動を行った場合にまで、当該他の事業主に協力を求めることは想定していないこと。

BtoBの発注が日常的にあるEC・卸にとって、ここは盲点になりやすい論点だと思います。カスハラ対策を「お客様対応の話」として設計すると、自社が加害側に立つ経路が設計から落ちてしまうのです。

まとめ ─ 範囲を決めてから、体制を作る

1回目として押さえるべきは、次の5点です。

  1. チャネルは自社運営に限らない。 モールのレビュー欄もSNSのコメント欄も対象
  2. 「顧客等」に買っていない人が含まれる。 広告への問い合わせも、嫌がらせ目的の問い合わせも入る
  3. 「継続的、執拗な言動」がECの主戦場。 執拗なメール送付は、対面の怒鳴り声と同じ類型
  4. 判断は受け手の属性を考慮する。 新人が受けた場合と責任者が受けた場合で結論が変わり得る
  5. 自社が加害側に立つ経路がある。 取引先に対しては自社が「顧客等」になる

体制整備は5分類10項目あり、相談窓口、事実確認、再発防止、記録と続きます。ただ、どれも「誰からの、どのチャネルでの言動を拾うか」が決まっていないと設計できません。

次回は、範囲が決まった後の話をします。措置の一つは「カスタマーハラスメントには毅然とした態度で対応し、労働者を保護する旨の方針の明確化」で、断ることが義務の側に入りました。 ただし、ここには逆方向の事故があります。カスハラだと判定しすぎて、応じるべき申し出まで打ち切ってしまう。通達は「カスタマーハラスメントには当たらない」ものも明記していて、そこを外すと今度は別の法律に触れます。断る文面と応じる文面の設計を、実文で扱います。

なお、筆者は、届いた問い合わせやレビューの本文から、感情表現を除いた事実の要約と、謝罪と非の認定を切り分けた返信案を生成するShopifyアプリ「返信 / Henshin」を開発しています。範囲を決めたあとに残る、1件ずつ線を引いて文面を起こす作業を補助するものです。顧客へ自動で返信することはなく、必ず担当者が確認してから送る設計にしています。

Shopifyアプリ「返信 / Henshin」: https://apps.shopify.com/henshin

出典

  • カスタマーハラスメント防止指針(令和8年厚生労働省告示第51号)
  • 「事業主が職場における顧客等の言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置等についての指針」の施行について(雇均発0424第2号・令和8年4月24日)
  • 労働施策の総合的な推進並びに労働者の雇用の安定及び職業生活の充実等に関する法律(昭和41年法律第132号)第33条・第34条
  • 厚生労働省 ハラスメント対策(あかるい職場応援団)
    https://www.no-harassment.mhlw.go.jp/
  • 厚生労働省 職場におけるハラスメントの防止のために
    https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/koyou_roudou/koyoukintou/seisaku06/index.html

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