
「うちの商品は良いはずなのに、なぜか売れない…」「他社との違いが伝わらない…」そんな悩みの答えは、あなたの商品を“買わない”人々、すなわち「未顧客」が握っています。
本記事では、彼らの“買わない理由”を5つの要素で解き明かす「オルタネイトモデル」を、アドビの事例を交えて徹底解説。このフレームワークを学べば、これまで見えなかったビジネスチャンスが明確になります。価格競争から抜け出し、新たな市場を創造する視点を得られるヒントがここにあります。
山本 達巳
つきみ株式会社
静岡市出身、関西学院大学卒。地元医療系の企業で修行後、父親の経営する医療介護系企業に入社。経営とバックオフィス業務を学ぶ傍ら、留学がきっかけで以前から関心が高かった輸入品雑貨のネット販売事業を開始。令和元年に独立し、複数の海外メーカー取引きの経験を経て、自社アウトドアブランドを展開。
その後、自社ブランドを伸ばしていきたい事業者を応援したいという思いから、令和6年につきみ株式会社を設立。商品ページ作りや広告運用、SNSなどECに関係する領域を幅広く対応しつつ、商品ブランディング支援を行っている。
つきみ株式会社
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この記事の目次
EC事業者を悩ませる“見えない壁”の正体
ECサイトを運営する中で、こんな壁に突き当たった経験はないでしょうか。良い商品を揃え、サイトへのアクセスもある。それなのに、なぜか購入まで至らない。広告費は増える一方なのに、新規のお客様は思うように増えない……。これらは多くのEC事業者が日々直面する、根深く共通の悩みです。
さまざまな施策を試しても突破口が見えないとしたら、それは個別の問題ではなく、すべての悩みの根底に横たわる“見えない壁”が原因なのかもしれません。今回はまず、この壁の正体を3つの具体的な課題から解き明かします。

一つ目は「終わりのない価格競争」です。特にAmazonや楽天市場などのECモールでは、無数の競合商品の中で最もわかりやすい判断基準が「価格」になりがちです。値下げは短期的な売上増に繋がるかもしれませんが、すぐに競合が追随し、消耗戦に陥ります。利益率を削る体力勝負は、事業の未来を蝕みます。
さらに深刻なのは、価格でしか選ばれなくなることで、「安くなければ売れない」というブランドイメージが定着してしまうことです。持続的な成長が難しいと理解しつつも、目の前の売上を追うために抜け出せない、そんなジレンマを抱えている事業者は少なくありません。
二つ目は「新規顧客の獲得の頭打ち」です。あらゆるWebマーケティング手法を駆使しても、ある時点からCPA(顧客獲得単価)が上昇し、成長が鈍化する。そんな停滞感はありませんか。
それは、いわゆる「顕在層」、つまり「今すぐ商品が欲しい」と検索する層へのアプローチが限界に達しているサインかもしれません。成熟した市場では、この限られたパイの奪い合いが激化する一方です。新しいお客様に出会う必要性を感じながらも、その「新しいお客様」がどこにいて、どうすれば出会えるのか、その答えを見つけられずにいるのです。
そして三つ目が、「自社らしさが伝わらない」というもどかしさです。作り手のこだわりや商品の背景にあるストーリーこそが、あなたのECサイトの「らしさ」のはず。しかし、Web上ではスペック情報が中心となり、独自の価値が伝わりません。その結果、数多あるECサイトの中に埋もれ、「どこにでもあるお店」の一つとして認識されてしまいます。
「価格競争」「新規獲得」「差別化」。これら3つの課題は根っこで繋がっており、その根源こそが“見えない壁”です。その壁とは、私たちが普段「お客様」と見なしている範囲の、さらに“外側”にあります。
あなたの商品を「まだ知らない人々」、そして「知ってはいるけれど、今は買う理由がない人々」との間に横たわる、厚く透明な障壁なのです。
「買わない人=未顧客」を理解する新戦略オルタネイトモデル

“見えない壁”、これを乗り越える答えはシンプルです。それは今いる場所から、少しだけ「視点を変える」こと。私たちがこれまで「お客様」と呼んできた人々の、さらに外側に広がる広大な市場に目を向けることです。
これまでのマーケティングは、「買う気のある人(顕在層)」にいかに買ってもらうかに集中してきました。もちろんこの視点は不可欠です。しかし、この限られた“パイの奪い合い”に終始していては、根本的な課題解決には至りません。
本当に目を向けるべきは、そのパイの外側にいる圧倒的多数の「買わない人々」です。この可能性を秘めた層を、未来のお客様候補「未顧客(みこきゃく)」といいます。そして、「なぜ、彼らは買わないのか?」と問いかける。この問いこそが、売上停滞を打ち破る鍵となります。
この問いに構造的な答えをくれるのが、本稿のテーマである「オルタネイトモデル」です。株式会社コレクシアが提唱する、人の行動原理を深く理解するための思考のフレームワークです。(出典:オルタネイトモデル|株式会社コレクシア)
このモデルの根底には「顧客の不合理は、顧客の合理である」という重要な考え方があります。 作り手から見て「不合理」に思える行動も、顧客はその人なりの「合理性」に基づいて判断している、と捉えるのです。
彼らが買わないのは、「価格に見合う価値を感じない」「もっと手軽な別の方法で十分」といった、彼らの中の明確な理由があるからです。売り手の論理を脇に置き、未顧客の視点で「買わない理由」の構造を解き明かす。それがオルタネイトモデルのアプローチなのです。
「オルタネイト」とは「代替の」という意味です。人は強い欲求があっても、障壁によって満たせないとき、無意識に別の「代替的な行動」で解決しようとします。

例えば「プロ仕様のカメラで美しい写真を撮りたい(欲求)」が、「高価で難しそう(障壁)」と感じれば、「スマホの高性能なカメラアプリで満足する(代替行動)」といった選択をします。このとき、カメラメーカーの本当の競合は、他社製品だけでなく、スマホアプリという「代替行動」そのものなのです。そして、この代替行動の中にこそ、未顧客の“本音”が隠されています。
オルタネイトモデルを学ぶことは、単なる分析手法を知ることではありません。それは、見過ごしてきた広大な「未顧客」という市場と対話するための、“新しい言語”を手に入れることに他なりません。彼らの声なき声に耳を澄ますことで、初めて“見えない壁”の具体的な姿が見えてきます。
未顧客の本音をあぶり出す!5つの要素で分解するオルタネイトモデル徹底解説
オルタネイトモデルは、「未顧客」と対話するための“新しい言語”です。今回はその構造、つまり未顧客の本音をあぶり出す「5つの構成要素」を具体的に解説します。

1. きっかけ(Trigger):人の思考や行動が始まる「スイッチ」です。例えば「SNSで友人が投稿した素敵なキッチンの写真を見る」といった、日常のふとした出来事がこれにあたります。顧客の心に、次の「欲求」の種がまかれる瞬間です。
2. 欲求(Desire):きっかけで呼び起こされる本質的なニーズで、多くは「こうありたい」という感情的な願望です。先の例なら「友人みたいにおしゃれな空間で過ごしたい」といった欲求です。商品のスペックではなく、それによって満たされる感情こそが、未顧客の心の奥底に渦巻いています。
3. 抑圧(Suppression):モデルの核心であり、“見えない壁”の正体です。欲求を満たすのを妨げるあらゆる障壁を指します。
例えば「リフォームはお金がかかる(金銭的)」「どんな道具を揃えればいいか不明(知識的)」「毎日忙しくて時間がない(時間的)」「センスに自信がなく失敗が怖い(心理的)」など、種類はさまざまです。未顧客が商品を買わないのは、この「抑圧」を越えられないからです。
4. 行動(Action):抑圧に直面した人が、障壁を回避するために取る「代替行動」です。
例えば「高価なリフォームは諦め、100円ショップのシートでDIYする」といった行動がこれにあたります。これらは未顧客が「抑圧」と折り合いをつけた結果であり、インサイトの宝庫です。
5. 報酬(Reward):代替行動によって得られる便益です。
先の例なら「少ない費用でおしゃれな気分を味わえた」といったポジティブな報酬です。この報酬があるからこそ、未顧客はあなたの商品を買わなくても「これで十分だ」と満足し、その行動を続ける“合理的な理由”が生まれるのです。
以上5つの要素は、未顧客の頭の中を旅するための「地図」です。特に、彼らが何に「抑圧」を感じ、どんな「行動」でそれを乗り越えているかに注目すれば、新たなビジネスチャンスが見えてきます。
高額な所有から手軽な利用へ。創造性を解放したAdobe(アドビ)サブスクリプション戦略

オルタネイトモデルが強力な武器となることを、あのソフトウェアサービス「アドビ」の事例で見ていきましょう。アドビが“見えない壁”を打ち破り、巨大な市場を創造した戦略は、思考モデルを理解するのに手助けとなります。
かつてアドビの主力製品は、数十万円もするパッケージソフト「Creative Suite(CS)」でした。プロにとっては標準的な投資でも、それ以外の人々には高すぎる壁でした。ここに明確な「未顧客」とその「抑圧」が存在します。
- 未顧客:プロ用ツールを望む学生、趣味で創作する人々、中小企業の担当者たち。
- 抑圧:数十万円の高額な初期費用(金銭的抑圧)と、「使いこなせるか」という不安(心理的抑圧)でした。
この「抑圧」に対し、「未顧客」はフリーソフトで我慢するなどの「代替行動」を取っていました。しかし、それでは「プロ品質のツールを使いたい」という彼らの「欲求」は満たされません。アドビはこの状況を正確に捉え、ビジネスモデルの変革を決断します。
その答えが、サブスクリプションサービス「Creative Cloud(CC)」です。これは「抑圧」を破壊し、新しい「行動」と「報酬」を設計し直す、オルタネイトモデルに沿った戦略転換でした。
- 新しい行動:ユーザーは高額な一括払いではなく、手頃な月額料金を支払うだけでよくなりました。
- 新しい報酬:これにより、金銭的な参入障壁から解放されただけでなく、常に最新機能が使える(機能的報酬)、そしてプロと同じツールを使える高揚感や所属感(感情的報酬)まで手に入れたのです。(出典:Adobe CCとは?特徴・利用するメリット・料金プランを徹底解説|MacAid)

アドビの成功は単なるサブスクリプション化ではなく、その本質は「未顧客」の「抑圧」を正確に特定し、それを解消する最適な解決策を設計した点にあります。この課題解決のプロセスは、あらゆるEC事業者が学ぶべき視点です。
ECサイトに眠る「未顧客」を見つけ出す3つのステップ
アドビのような大企業の戦略は、自分には関係ないと思っていませんか?決してそんなことはありません。オルタネイトモデルの本質は、企業の規模に関わらず実践できる「顧客理解の視点」です。これから、あなたのECサイトに眠る「未顧客」とその「抑圧」を見つけ出すための、具体的な3つのステップをご紹介します。

ステップ1:「買われなかった理由」に耳を傾ける
まずは、今あるデータの中から「未顧客」のヒントを探します。見るべきは「売れた理由」ではなく「買われなかった理由」です。
例えば、商品のレビューに書かれた「もう少し安ければ…」「サイズでかなり迷った」といった一言。あるいは、購入前の問い合わせで多い「返品は簡単ですか?」といった質問。これらはすべて、購入をためらわせた「抑圧」の欠片です。
カート放棄の理由なども含め、顧客が発する不安や不満のサインに、徹底的に耳を傾けてみましょう。
ステップ2:「代替行動」を観察する
次に、お客様があなたの商品を使わずに、どのように欲求を満たしているか、その「代替行動」を探ります。あなたの本当の競合は、同業者だけとは限りません。
例えば、あなたが特別な調理器具を販売しているなら、SNSで「#時短レシピ」「#作り置き」などのハッシュタグを検索してみてください。そこには、高価な器具(抑圧)を避け、手軽な方法(代替行動)で「豊かな食生活(欲求)」を実現しようとする人々の知恵が溢れています。
彼らが何で代用し、何に満足しているのかを観察することが、新しい需要の発見に繋がります。
ステップ3:「なぜ?」を5回繰り返す
ステップ1と2で見つけたヒントに対し、「なぜ?」を繰り返して深掘りし、根本的な「抑圧」を突き止めます。
例えば、「返品に関する質問が多い」という事実に対し、「なぜ不安なのか?」と問いかけてみましょう。「サイズが合うか心配だから」→「なぜ?:試着できないから」→「なぜ?:通販での失敗経験があるから」→「なぜ?:返品手続きが面倒だったから」。
このように深掘りすることで、表面的な課題ではなく、「返品の手間や心理的ストレス」という、より本質的な「抑圧」が見えてくるのです。
この3つのステップは、未顧客理解の第一歩です。この分析から見えてきた「抑圧」こそが、あなたの事業が次に乗り越えるべき“壁”であり、成長のチャンスです。
ECでオルタネイトモデルを活用する方法まとめ
EC事業の成長を阻む“見えない壁”。その正体は、あなたの商品を「買わない」未顧客が抱える「抑圧」に他なりません。本記事で紹介した「オルタネイトモデル」は、この抑圧を特定し、ビジネスチャンスへと転換するための強力な思考ツールです。
商品を“売る”のではなく、顧客の“買わない理由”を解決する。この視点の転換こそが、価格競争から抜け出し、長期的にブランドを購入するファンを生むためには重要です。
次回のコラムシリーズ最終回は、「CEP(カテゴリーエントリーポイント)」をテーマにお話させていただきます。
つきみ株式会社 https://tsukimi.ne.jp/
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