
コマースピック読者の皆様、こんにちは。Tempura technologies株式会社の上田です。
前回に続き中東越境EC完全攻略ガイド第2回、中東EC攻略の最前線:モール選び、物流戦略、ハラール対応までをお話をさせていただきます。
上田 剛大
Tempura technologies株式会社
共同創業者 / 取締役
2020年にSansan株式会社へ中途入社し、個人向け名刺管理アプリeightの新規ソリューションのBizDevとして従事。その後、2022年にTempura technologiesを共同創業し、web3やAIを活用したソリューションを提供。自社プロダクトとしてロイヤリティプラットフォームやマーケットプレイスを構築し、エンタメ、化粧品、日用品、電化製品メーカーの海外支援(GMV最大化)を支援。現在はドバイ子会社設立と韓国企業への出資も踏まえTempura technologies Groupとして主に中東エリアへの海外支援を注力している。
会社ホームページ:https://tempuradao.xyz/
中東のECモール市場規模
中東地域のEC(電子商取引)市場は、近年著しい成長を見せています。StatistaやeMarketerの調査によれば、2022年の中東全体のEC市場規模は約490億ドル(約7.35兆円)に達し、2025年には750億ドル(約11.25兆円)規模にまで拡大する見込みです。年平均成長率は10%以上と高く、特にサウジアラビアやアラブ首長国連邦(UAE)といった湾岸諸国が市場をけん引しています。
この市場拡大を背景に、主要なECモール(オンラインマーケットプレイス)も台頭しています。最大手はAmazon(アマゾン)で、2017年に現地最大手だったSouq.comを5億8千万ドル(約870億円)で買収し参入しました。SouqはUAEやサウジアラビア向けにAmazon.aeやAmazon.saへとブランド変更され、中東全域でAmazonが存在感を強めています。
一方、地元資本で設立されたnoon(ヌーン)は2017年にエマール社長のモハメド・アラバール氏らが10億ドル(約1.5兆円)を投じて創業し、Amazonに対抗する中東発のECモールとして急成長しました。noonは2021年時点で日間ユーザー数400万人を獲得し、2022年には売上1.67億ドル(約251億円)を超える規模に達しています。
さらに2023年にはファッション特化型ECのNamshi(ナムシ)を3億35百万ドル(約503億円)で買収し、商品カテゴリーを拡充しました。Namshiは中東のオンラインファッション市場を牽引する存在で、2020年には売上13.16億AED(約3億6千万ドル、約540億円)を記録しており、その約70%がサウジアラビアからの収益でした。
このようにAmazonとnoonが二強となりつつあります。ただし、商品ジャンルごとに異なりこそありますが一定領域においてはnoonのキーワードボリュームはAmazonの2倍以上を誇るなど、より現地ユーザーから利用されているECモールはnoonであることも想定できるのです。
中東のEC利用率は年々上昇しており、現在では消費者の90%以上が何らかの商品をオンラインで購入した経験があると報告されています。若年層中心の人口動態やスマートフォン普及率の高さも追い風となり、中東EC市場は今後も高い成長が期待できるでしょう。
物流・在庫管理のポイント
中東でECビジネスを成功させるには、現地の物流インフラと在庫管理を的確に構築することが不可欠です。広域に点在する中東各国へ迅速に配送するため、大手ECモール各社は自社フルフィルメントセンター(物流倉庫)への投資を強化しています。AmazonはUAEやサウジアラビアに大型の配送センター(Fulfillment Center)を開設し、在庫を先置きして翌日配送に対応しています。また出品者向けにFBA (Fulfillment by Amazon)サービスを提供し、商品の保管から配送・カスタマーサービスまでを代行しています。
noonも同様にFBN(Fulfilled by Noon)と呼ばれる在庫委託サービスを展開し、出品企業の商品をnoonの倉庫に預けて迅速発送する仕組みを整えています。ファッション系のNamshiもドバイやリヤドに自社倉庫を構え、サウジアラビア向けに新たな物流拠点を拡充するなど配送リードタイム短縮に努めています。
中東の物流ネットワークにおいては、国際・国内両面で活躍する主要プレイヤーを把握しておくことが重要です。国際配送では、中東発祥のAramex(アラメックス)やDHL、FedExといった大手が広域配送網を持ち、越境EC商品の輸送を支えています。国内のラストマイル(最終配送)では、各国の公的郵便・宅配網も活用されています。
例えばUAEのEmirates Post(エミレーツ・ポスト)は国内翌日配送から近隣GCC諸国への宅配まで手掛け、倉庫保管サービスも提供しています。サウジアラビアでは政府系のSaudi Postが全国に配送網を持ち、代金引換(COD)や返品物流にも対応しています。加えて、新興の宅配企業として中国系のJ&T Expressや地場のShyft、SMSA Expressなども参入し、EC需要の拡大に伴いサービス競争が進んでいます。
このような複数の物流企業を比較検討し、製品特性や販売国に応じて最適なパートナーを選定することが、配送コストと顧客満足度の両面で重要になります。実際に弊社も現地で3PL企業と連携し円滑な物流対応をしています。
海外企業が中東EC市場に進出する際には、以下のポイントに留意するとよいでしょう。
- 現地物流パートナーの選定:信頼できる3PL(サードパーティ物流)を選び、サービス品質を重視することが重要です。価格だけでなく配達の確実性・顧客対応力を見極め、安定した配送体制を築きましょう。自社で物流網を持たない場合でも、Amazonやnoonのフルフィルメントサービスを活用すれば、高水準な配送ネットワークを利用できます。
- 現地法規制の理解:各国の税関手続きや輸入規制、政府のデジタル施策に注意が必要です。例えばUAEは「ビジョン2021」に沿ってキャッシュレス社会を推進しており、電子決済普及などプロビジネスの方針を掲げています。現地政府のEC関連法(消費者保護や電子取引法など)を遵守し、必要に応じて現地法人設立やライセンス取得も検討します。現地点でAmazonやnoonへの商品リスティングは現地法人設立に加えてライセンスが必要になっています。
- 顧客対応とローカライズ:中東ではアラビア語が広く使われるため、サイトやカスタマーサポートのローカライズは必須です。商品説明や問い合わせ対応を現地語で行い、文化的背景に配慮したマーケティングを心がけます。また、配送員など顧客に接する現場スタッフも現地の言語・文化を理解していることが望ましく、これによりブランドへの信頼感が高まります。
ハラール認証とハラールの市場規模
ハラール認証の詳細と取得方法
世界のムスリム人口分布(各国における人口比率)をみると、イスラム教徒は世界で20億人以上に達し、全人類の約25%を占めています。中東・北アフリカ地域だけでも世界のムスリム人口の約20%が居住しており、同地域はイスラム文化圏の中心的存在です。この巨大なイスラム市場にアプローチするには、文化・宗教的な必須要件であるハラール認証への理解が欠かせません。
ハラール認証とは、イスラム法に照らして「食べて良い(許された)」商品・サービスであることを示す証明です。食品や化粧品、ファッション用品に至るまでムスリム消費者の信頼を得るため、多くの場合ハラール認証が求められます。認証を取得するには一般にいくつかのステップを踏む必要があります。基本的なプロセスは次のとおりです。
- 申請と書類提出:まず認証機関に申請書を提出し、製品の原材料リストや製造工程に関する詳細な書類を揃えます。企業はハラール対応状況を示す技術資料一式(工場設備の概要、原料リスト、製品仕様など)を提出し、イスラム法上問題のある成分が含まれていないか開示します。
- 契約および審査準備:認証範囲やスケジュールについて認証機関と契約を交わし、本格的な審査に備えます。この段階で企業はハラール基準への遵守を約束し、必要な体制整備を行います。
- 監査(書類・現場審査):認証機関の監査団が書類審査と現地工場での実地監査を行います。生産ラインや設備がハラール要件を満たすか、豚由来成分やアルコール混入のリスクがないかなど、細部までチェックされます。検査では必要に応じて製品サンプルが採取され、成分分析も実施されます。この監査結果は報告書にまとめられ、是正すべき点があれば企業側に指摘されます。
- 認証の判断と交付:監査報告と企業からの改善措置提案を、認証機関の委員会が総合評価します。イスラム法学の専門家も含めた委員会でハラール適合と認められれば、晴れてハラール認証書が発行されます。
- 継続的な監督:認証取得後も定期的な監査や報告が課されます。例えば年1回程度の抜き打ち検査や、製造ロットごとの原料申告が義務付けられる場合もあります。こうしたサーベイランス(監視)体制により、取得後もハラール基準の維持が確認されます。
認証を受ける際には、どの認証機関を選ぶかも重要です。世界にはハラール認証機関が400以上存在するとされますが、各国ごとに基準や権威が異なります。統一的な国際標準がないため、輸出先の国で認められる認証を取得する必要があります。例えば、東南アジアではマレーシアのJAKIMやインドネシアのMUIが権威ある認証機関であり、中東諸国では各国の政府系機関(UAEのESMAやサウジアラビアのHalal Centerなど)が海外機関を承認リスト化しています。
日本企業の場合では、マレーシアやUAE政府に認められた国内のハラール認証団体(日本ムスリム協会や日本ハラール協会など)を通じて認証を取得することが可能です。いずれにせよ、自社製品の主要な販売対象国において信頼されている認証を選択することが肝要です。
ムスリム・ハラールの市場規模と成長環境
次に、イスラム市場の規模について見てみましょう。ムスリム消費者の購買力は非常に大きく、ハラール市場(イスラム教徒向け商品・サービス市場)は世界経済の中でも存在感を増しています。ムスリム人口の増加と所得向上に伴い、食品からファッション、旅行に至る幅広い分野で支出が拡大しています。
2021年時点で、世界の19億人のムスリムは食品、医薬品、化粧品、ファッション、旅行、メディアなどの分野に合計2兆ドル(約300兆円)を費やしました。この数字は前年比で約8.9%の成長を示しており、2025年には2.8兆ドル(約420兆円)に達すると予測されています。
特に食品分野は最大の構成要素で、直近ではムスリムによる食費支出が約1.4兆ドル(約210兆円)に上ります。ファッション(モデストファッション)分野でもムスリム消費は3,180億ドル(約47.7兆円)、ハラール対応化粧品は840億ドル(約12.6兆円)規模に達しており、この10年でいずれも飛躍的に拡大しました。これらの市場は毎年5~6%程度の堅実な成長が見込まれており、グローバル展開をする上では無視できない市場規模となっています。
その中でも、なぜ中東がイスラム市場へのゲートウェイとして有利と言われているのか。第一に、中東(特に湾岸産油国)は一人当たり所得が高く消費意欲の旺盛な市場であり、新商品の受容度が高いことが挙げられます。中東で支持を得たハラール商品は、他のイスラム圏でも信頼されやすく、ブランド発信地としての効果があります。
第二に、中東は地理的に欧州・アジア・アフリカの交点に位置し、物流ハブとして恵まれています。ドバイやアブダビを擁するUAEは世界的な貿易拠点であり、ここに拠点を置くことで周辺の巨大市場(南アジアやアフリカ北部など)へ効率的に商品を流通させることが可能です。また中東各国の政府もイスラム経済振興に積極的で、ドバイ政府主導のハラール貿易・マーケティングセンター(HTMC)のように企業のハラール分野進出を支援する組織もあります。HTMCではイスラム協力機構(OIC)加盟57か国への輸出支援や市場情報の提供が行われており、中東を足掛かりに世界のムスリム市場へ展開する企業を後押ししています。
第三に、中東地域そのものがイスラム教の聖地を抱え宗教的結束が強いことも無視できません。サウジアラビアのメッカ巡礼には世界中から毎年数百万人のムスリムが訪れ、中東発の製品・サービスに直接触れる機会となっています。このように、中東でのプレゼンスはイスラム世界全体への認知拡大につながりやすいのです。
まとめ
まとめると、中東のEC市場は急成長し主要プレイヤーがしのぎを削る段階にあり、その攻略には現地物流の最適化やハラール対応が鍵となります。堅実な物流ネットワーク構築と文化的要件への対応を両立させることで、中東はもとより世界のイスラム市場に向けたビジネス展開の扉が大きく開けるでしょう。中東をゲートウェイとしてイスラム圏全域にアクセスし、膨大なムスリム消費者ニーズに応えることが今後さらに重要になっていくと考えられます。
会社ホームページ:https://tempuradao.xyz/
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