株式会社帝国データバンクが実施した「価格転嫁」に関するアンケート調査の結果が発表された。全国26,815社を対象に行われたこの調査は、2024年7月に続くもので、今回で5回目となる。

SUMMARY

調査の結果、仕入れコストが100%上昇した場合に企業が販売価格に転嫁できた割合、即ち「価格転嫁率」は40.6%であることが明らかになった。この数値は前回調査から4.3ポイントの減少を示し、1年前の調査(2024年2月)と同等の水準である。人件費やエネルギーコストの上昇に対し消費者離れや取引先からの反発を懸念する企業が多く、価格改定には慎重になっている。このため、価格転嫁を進めるためには消費者の購買力向上、企業間の協力、政府の支援の三つの要素が不可欠である。

調査期間:2025年2月14日〜2月28日(インターネット調査)

調査対象:全国26,815社、有効回答企業数は10,835社(回答率40.4%)


価格転嫁率は40.6%、全くできていない企業も1割超

自社の主要商品やサービスにおけるコスト上昇分を販売価格に転嫁できているかを尋ねたところ、『多少なりとも価格転嫁できている』と回答した企業は77.0%であった。この数値は前回調査(2024年7月)から1.4ポイントの減少が見られる。具体的には、"2割未満"が24.7%、"2割以上5割未満"が17.2%、"5割以上8割未満"が18.6%、"8割以上"が13.1%、また"10割すべて転嫁"できている企業は3.5%である。

価格転嫁が進展している企業が8割近くいる一方で、「価格転嫁すると他社との競争に負けてしまう」との意見もあり、「全く価格転嫁できない」という企業も11.2%と、1割を超えている状況である。

またコスト上昇分に対する価格転嫁度合いを示す「価格転嫁率」は40.6%で、これはコスト100円上昇に対して価格に40.6円しか反映されないことを意味し、残りの約60%を企業が負担している。前回調査(44.9%)と比較して4.3ポイントの低下が見られ、長期的な原材料費やエネルギーコストの高騰、人手不足による人件費の上昇が影響し、価格転嫁が間に合っていないことを示している。

さらに、自社商品の原材料費、人件費、物流費、エネルギーコストに関した価格転嫁率については、原材料費が48.0%、人件費が31.3%、物流費が34.7%、エネルギーコストが29.5%であることが分かった。

原材料費に関しては「客先に高騰している理解が得られている」との声があり、約5割の価格転嫁が実現している。対照的に、物価高や人手不足の影響で給与の引き上げや物流費の増加が見られ、人件費や物流費への転嫁率は3割程度に留まっている。エネルギーコストに関しては「エネルギー価格が急上昇しており価格に反映できない」との意見も多く、急激なエネルギー価格の変動に対する転嫁が難しいことが明らかになった。

人件費や物流費、エネルギーコストについては、原材料費とは異なり具体的な数値化が難しいという意見も多く見受けられる。変動が大きく、企業の内部運営にも関連しているこれらの費用については、販売先に対する明確な説明が困難であるため、「原材料費ほどには理解が得られない」との声が目立った。

サプライチェーン別の価格転嫁、川下ほど厳しく

サプライチェーンごとに価格転嫁の状況を確認すると、全般において進展が見られないことが浮き彫りとなった。

「化学品卸売」(62.4%)や「鉄鋼・非鉄・鋼業製品卸売」(61.6%)では価格転嫁が6割を超えて進展している一方、『運輸・倉庫』(31.3%)は3割台を維持するも前回調査からは減少している。車両費やガソリン補助金の縮小、そして階層的な取引構造のため直接的な値上げ交渉が難しい状況が要因と考えられる。ただし、2024年問題を背景に業界内でも価格転嫁を進める動きが見られる。

また、川下に位置する産業では価格転嫁の難しさが顕著である。「飲食店」(34.9%)や「食品スーパー(飲食料品小売)」(36.4%)、「旅館・ホテル」(31.2%)といった業種では、転嫁率が前回調査から低下しており、客数の減少を懸念している。「単価を大幅に上げると来客数が目に見えて減少する」との声や、「客観的に見てこれ以上の値上げは難しい」との意見が強く表れている。

さらに、病院などを含む「医療・福祉・保険衛生」(14.4%)における価格転嫁率は極めて低い。診療報酬や介護報酬が公的に定められているため、急激な仕入れコストの上昇に迅速に対応することができない現実がある。企業からは「医療については、診療報酬の単価が行政により決まっており、価格転嫁が難しい」との声が寄せられ、業界特有の課題が浮かび上がっている。

価格転嫁を進めるためには消費者の購買力向上、企業間の協力、政府支援が欠かせない

調査結果から、企業の約8割がコスト上昇に対し何らかの形で価格を転嫁していることがわかった。しかし、価格転嫁率は40.6%と前回から4.3ポイントの減少を示し、コスト増に負担する企業の割合は約60%に達している。項目別の転嫁率では、原材料費が約5割に達する一方で、人件費や物流費、エネルギーコストはそれぞれ3割程度にとどまっている。価格転嫁に対する理解は分かれるものの、特に人件費やエネルギーコストは消費者や取引先からの理解が得られにくい状況である。

また、価格転嫁を進めることで消費者離れや取引先からの反発を招く恐れがあり、より踏み込んだ値上げが難しい現状にある。頻繁な価格改定は取引先からの受注減少や取引の継続に影響を与えることも多い。

医療業界など特有の制度、契約、法律上の制約もあり、価格転嫁が困難である現状も理解されるべきである。

賃上げが物価上昇に追いつかず、実質賃金が3年連続でマイナスの状況が続いている中、政府や日銀が目指す物価と賃金の好循環が不十分であり、個人消費の回復も鈍化している。実質賃金の低下が続けば、消費者は値上げに敏感になり購買を控える傾向が強まるであろう。

この現状を打破し価格転嫁を進めるためには、企業の努力だけでは限界があり、消費者の購買力の向上が求められる。特定の大手企業に利益が集中するのではなく、サプライチェーン全体に利益が分配されることが重要である。そのような状況が整えば、賃金の引き上げや雇用の安定が進み、消費意欲の向上から好循環が生まれる環境が整うと考えられる。

企業が独自に価格転嫁を試みても、競争の激しい市場では多くの困難が伴うため、協調した価格戦略の構築が重要である。また、政府には税制の見直しや補助金などの施策を通じて企業がコスト増分を転嫁しやすい環境を整えることが求められる。

企業からの声

  • ○:取引先と適切な価格交渉が定期的に行われている(農・林・水産、岩手県)

  • ○:販売先も全体的なコスト上昇を受け入れるようになってきており、人件費の上昇もやむを得ないものとして販売価格に転嫁できるようになりつつある(鉄鋼・非鉄・鉱業製品卸売、東京都)

  • ○:見積りが合わない場合はお断りしている(建設、千葉県)

  • ○:当業界においては、頻繁に価格転嫁について公正取引委員会からの事情聴取がなされており、政府主導での推進が功を奏している(輸送用機械・器具製造、愛知県)

  • ●:価格競争があるため、自社だけ価格転嫁すると競争力が落ちる(建設、神奈川県)

  • ●:都度交渉を重ねているが、理解を得られていない(機械製造、新潟県)

  • ●:人件費は、会社負担の社会保険料の分まで価格転嫁を認めてもらえない。また物流費については、社内努力で吸収している状況(機械製造、埼玉県)

  • ●:目に見える費用については転嫁しやすいものの、社内人件費やエネルギーなど、表に出しづらい費用については価格転嫁が出来ているとは言えない(機械・器具卸売、東京都)

  • ●:メディアでも値上げの実態を取り上げているが、やはり中小企業から大手への値上げはいまだにやりにくい(電気機械製造、大阪府)

  • ●:価格改定自体は理解されているが、販売価格を変えるのは1〜2年に1回程度しか出来ない。原材料費はもっと早く細かく上昇しているので転嫁が追いつかない(繊維・繊維製品・服飾品卸売、東京都)

  • ●:フランチャイズ加盟企業のため、価格設定が自社でできない(飲食店、大阪府)

○印:価格転嫁が順調に進んでいる、または前向きな意見

●印:価格転嫁に困難がある、または否定的な意見

[1] 価格転嫁率は、各選択肢の中間値に各回答者数を乗じ加算したものから全回答者数で除したもの(ただし、「コスト上昇したが、価格転嫁するつもりはない」「コストは上昇していない」「分からない」は除く)

[2] 厚生労働省「毎月勤労統計調査・2025年1月速報」(2025年3月10日公表)

出典元:株式会社帝国データバンク

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