
日本酒メーカーの月桂冠株式会社は2000年に楽天市場へ出店し、オンラインの販売を開始しました。その後、2015年に自社ECサイトをオープン、現在では15年の差を詰めて楽天市場と同程度まで成長しているといいます。店頭を含め、さまざまな販路を持つ月桂冠が、自社ECサイトの成長にあたって行った取り組みについて、営業推進部の田村太樹さんに伺います。
この記事の目次
モールで認知を獲得し、自社ECサイトの体験でファンを作る
――楽天市場出店から15年経ち、すでに一定の売上規模があったなかで自社ECサイトを立ち上げた動機はどのようなものだったのでしょうか。
田村さん:顧客のロイヤリティを高め、ファンになってもらうためというところが一番大きいです。楽天市場では、同じ商品を他店さんも販売しているので、どうしても価格での勝負になります。そのため、お客様との関係性を深めにくいことが課題でした。
自社ECサイトに来てくださる方というのは、月桂冠に興味を持ってくださっている方が多いです。そういった方々にどのような価値を届けられるかを考え、自社ECサイトでは特別な体験ができることを重視しています。
たとえばギフト包装のフルサービスでの対応、会員ランクにより長くお付き合いいただくほどお得にお買い物いただけるなど。そうやって、ロイヤルカスタマーとの関係性を作っていきたいと考えています。そして、いろいろなチャネルを経由したお客様が最終的に行きつく場所にしたいと思っています。
一方のモールは、シェア拡大による認知獲得の場と捉え、自社ECサイトと明確に立ち位置を分けています。最終的に購入に至らなかったとしても、それをきっかけにスーパーなどの店頭で弊社の商品のことを思い出してもらって購入につながり、トータルで月桂冠の売上が上がれば良いと考えています。
――商品軸では、自社サイトとモールの棲み分けはどのように考えられていますか?
田村さん:育成したいブランドについては、自社ECサイトで力を入れています。たとえば、2019年から始まった「百年酵母」というブランドがあります。百年酵母は、月桂冠の酒蔵で採取された酵母を100年の歳月を経て復活させ醸造したものです。2019年に「純米吟醸」、2021年に「純米大吟醸」、2023年12月に「純米」タイプを商品化して、限定販売しました。

田村さん:また、自社ECサイトは数に限りがある貴重な商品の体験を提供する場でもあります。たとえば、月に一度、蔵元から直送される「蔵出し原酒」という商品があるのですが、これは毎回20~30本しか作っておらず、自社ECサイトのみでの販売です。一方で、認知を獲得したい商品に関しては、モールでも展開する必要があると感じています。
そこで、売上の最大化とお客様の満足の最大化のために、商品を展開する場所をいくつかの層に分けて考えています。
ギフト商材はモールに大きな市場があるので、そこをタッチポイントとして、月桂冠により好意を持ってくださるお客様に対して、自社ECサイトで限定商品を提案していく大きな流れが描けます。
自社ECサイトは自由度が高いのも特徴です。自社ECサイトで展開している「Gekkeikan Studio」というプロジェクトがあります。Gekkeikan Studioは、お客様とともに日本酒を進化させる実験的な取り組みで、アンケートやイベントなどを通じ、お客様参加型の商品展開を行っています。こういった取り組みは自社ECサイトならではと言えるでしょう。

――ギフト対応の内容について、自社ECサイトとモールで大きく違う点はありますか?
田村さん:自社ECサイトとモールとの大きな違いはありませんが、他店よりこだわっていると思います。メッセージカードは、お客様に自由にメッセージを入力いただいて、それを印刷したものを同梱できます。熨斗(のし)は表書きから自由に指定でき、コピー用紙ではなく熨斗紙を用意しています。
包装も技術の高いスタッフがおり、お客様から高い評価を頂いています。日本酒というのは、神社にお供えする献酒など、さまざまなシーンでフォーマルな贈り物として使われてきた歴史があります。そういったフォーマルな場からカジュアルなギフトの要望まで応えられるように、立ち上げ当時から注力してきました。
自社ECサイトがあるからこそできる、独自の商品展開
――Gekkeikan Studioなど独自の商品を開発する際、どういったことから着想を得て企画されているのでしょうか。
田村さん:売上という視点ではなく、お客様にどのような新しい体験をしていただきたいのか、どう楽しんでいただけるかという視点を基本にしています。
その背景として、月桂冠は100年以上前に、日本酒メーカーで初めて総合研究所を立ち上げた歴史があります。当時の酒造りは職人さんの勘や技術にのみ頼っていたのですが、月桂冠はそこに科学技術を導入しました。
そして、日本酒を新しいものにしていこうと、防腐剤が入っていない瓶詰めの日本酒を発売したり、冬しか作れなかった日本酒を一年中作れる四季醸造システムを確立したり、糖質ゼロの日本酒を開発するなど、いろいろな日本酒を科学の力で作り出してきました。
自社ECサイトがあることで、品質管理や配送などの面で店頭への卸が難しい挑戦的な商品も提供できるようになっています。蔵出し原酒のように、品質が変わりやすい商品を、良い状態のままなるべく早く蔵元から直送するために、自社ECはとても役立っているのです。

――そういった新しい取り組みは、現場からの発案が多いのでしょうか。あるいは取締役レイヤーの方が音頭を取って進めることが多いのでしょうか。
田村さん:両方あって、互いにうまく動いている感じです。蔵出し原酒は現場からの発案ですし、Gekkeikan Studioシリーズは役員クラスからのプロジェクトです。
通販事業はこの2~3年で風通しが改善されてきたと感じます。会社の方針としてECの強化が打ち出されたこともあり、役員を含めて並走して、自分たちが何をしているのか、それを何のためにするのかというところが伝わりやすくなってきました。
商品の価値やECに求められているところを、会社として理解してもらっている感じですね。
チャネル選びは幅広く、訴求はお客様の感覚に沿ったものを
――自社ECサイトで注力されている限定商品は、リピーターさんが買われる割合が多いのでしょうか。
田村さん:ブランドによって分かれています。
蔵出し原酒は、販売開始から5分くらいで売り切れるので早い者勝ちという感じもあるのですが、傾向としては、2~3年前に商品を購入してくださったリピーターの方のご購入が多いです。
百年酵母は100年前の酵母を復活させたというロマン感、Gekkeikan Studioはこれまでにないテイストというところを訴求して、ラジオで紹介したこともあり、新規のお客様も多くいらっしゃいます。
新しいチャネルは常に探していかないといけないと思っています。最近ではリアルのイベントへの出展も強化しています。やはり実際に飲んでもらって、商品についてお客様に直接伝えられることは大きいです。
――オンラインを起点に限定品を展開する際、お客様からの認知獲得や商品への理解を得るために、どんなことを大切にされていますか?
田村さん:一番大事だと考えているのは、Webページでどれだけの情報をお伝えできるかです。日本酒の繊細な味わいの違いを表現できるよう、力を入れています。制作会社さんとも協力しながら、私たちが伝えたいことを書き出し、ページを作り込んでいます。
また、いろいろなイベントに出展して、試飲体験の場を作っています。通販限定の商品も提供して、お客様の声をしっかり聞き、ページにも反映することを意識しています。イベントでお客様とお話しすることで、この商品は求められているんだという自信にもつながりますね。
認知を拡大するという意味では実は、自社ECサイトのアクセスが一番多いのはブログ経由なんです。ブログは、四季折々の話題や日本酒が関係する行事について、1日3本くらい集中して記事を書いていた時期があり、何らかのワードを検索すると月桂冠にたどり着くというフローを構築しようとしていました。その中のいくつかがヒットして、今のアクセスになっています。
特に検索上位を狙って作った記事が10本くらいあって、そのなかでも「土用の丑の日 いつ」というキーワードで作成した記事は、鰻について検索すると1位表示だったこともあります。
そういった記事は、CVRは低いのですが、商品の認知を獲得するタッチポイントになります。「月桂冠がなんで鰻の解説をしているんだろう?」という違和感から記憶に残り、オンラインショップや店頭での購入につながったら良いなと。
ブログのほかには、コーポレートサイト経由のアクセスもあり、とくにCMの放映や新商品のプレスリリースを行ったタイミングで多くなりますね。
――日本酒が好きな方の客層や知識のレベル感はさまざまだと思うのですが、そのなかで伝えたいことが伝わるよう表現方法などで意識していることはありますか?
田村さん:やはり商品のことを知るのが一番大事なので、販売する商品はテイスティングしています。その上で、なるべくお客様が実際に体感する感覚に近づくような表現を考えます。メーカーの立場では、製法や特許など機能面のアピールになりがちですが、そうではなく、お客様の五感に訴えることを意識しています。
具体的には、まずラベルを見てどういった味を想像するか、商品を開けて器に注いだときにどういう香りが入ってきて、口に含むとどういう味わいが広がるか、そして最後に何が残って流れていくか、時系列に沿って表現を考える感じです。どういう食事と合うのかというのもそうですね。一方で、研究所で成分を分析してしっかり根拠も持っています。
お客様の体験を第一に、メーカーとして商品にこだわりつづける
――エッジの効いた商品も多く出されていると感じますが、そういった商品の認知はどういった形が一番うまく取れると感じますか?
田村さん:エッジの効いた商品は既存のお客様の反応が一番良いので、メルマガに力を入れます。在庫が用意できる商品であれば、広告を出すこともありますが、限定品で積極的に新規獲得を狙う感じではありません。
弊社としては、お客様の体験のために限定商品を作っていますので、どうやって体験してもらうのが良いかを大事に考えています。お客様をいかに大切にするかというところが弊社のポリシーでもありますので、そこは大事にしていきたいですね。
――月桂冠オンラインショップについて、今後、力を入れて取り組んでいきたいことや、新たな展開などがあればお教えください。
田村さん:お客様の体験に重きを置きながら、百年酵母やGekkeikan Studioのような、商品にこだわった取り組みをしっかりPRしていきたいなと思っています。
弊社はメーカーですので、ものづくりを起点に、「月桂冠って面白いな」「こんなことやってるんだ」と思っていただくタッチポイントとしてオンラインショップに触れていただきたいです。
そして、お酒を飲もうと考えたときに、「そういえば月桂冠のこんな記事を読んだな」「こんな商品を見たな」と思い出し、購入のきっかけになれば良いなと思います。そうやってお客様の生活に少しでも月桂冠が浸透していってほしいです。
月桂冠オンラインショップ
https://www.gekkeikan-shop.jp/
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