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はじめに:ITシステム「2025年の崖」とは
日本の企業が直面している大きな課題の一つとして、「2025年の崖」が挙げられます。これは、経済産業省が発表した「DXレポート」で指摘された問題であり、レガシーシステム(既存のITシステム)の刷新が進まないことで、日本の企業がデジタルトランスフォーメーション(DX)を実現する際の障害となる可能性があるというものです。
参照:DXレポート ~ITシステム「2025年の崖」克服とDXの本格的な展開~(経済産業省)
レガシーシステムは何が問題なのか
システムの老朽化とそれに伴う複雑化、そしてブラックボックス化により、新しいデジタル技術を導入したとしても、データの利活用やシステム間の連携が限定的となり、その効果を十分に発揮されないことが指摘されています。
・老朽化と複雑化
多くの企業が長年にわたり使用しているレガシーシステムは、古い技術基盤のまま維持されており、業務プロセスが変化する中で断片的な修正や追加が繰り返されてきました。その結果、システムが複雑化し、現代のビジネスニーズに対応できない状況が生じています。
・ブラックボックス化
長期間使用されてきたシステムは、その内部構造が不透明になり、システムの一部がどのように動作しているのか理解できない状態、いわゆるブラックボックス化が進行しています。これにより、トラブルシューティングやアップデートが難しくなります。
・限定的なデータ利活用
レガシーシステムでは、最新のデジタル技術を導入したとしても、データの統合や連携が難しく、リアルタイムでのデータ分析や効果的な意思決定が困難になります。その結果、導入したデジタル技術の効果が限定的となってしまいます。
・維持と保守に多大なコスト
また、レガシーシステムの維持・保守に多大な資金と人材が割かれているため、新たなデジタル技術を活用するためのIT投資にリソースを振り向けることができないという問題も存在します。
レガシーシステムを放置するとどうなる?
レガシーシステムを刷新せずに放置した場合、DXが実現できないだけでなく、2025年以降、年間最大12兆円の経済損失が生じる可能性があると経済産業省は発表しています。
今後、爆発的に増加するデータを活用しきれず、データドリブンなビジネス戦略が実行できなければ、グローバル市場での競争優位性を失い、市場でのシェアや顧客満足度の低下を招く恐れがあるからです。
また、多くの技術的負債を抱えることで、業務基盤そのものの維持・継承が困難になります。新しい技術の導入が遅れ、業務効率の低下やコストの増加が避けられなくなるかもしれません。技術的負債の保守・運用にリソースを割かざるを得ず、最先端のデジタル技術を担う人材を確保できない状況に陥ります。これにより、革新的なサービス開発が滞り、競争力が低下してしまうのです。
他にもサイバーセキュリティや事故・災害によるシステムトラブルやデータ滅失・流出などのリスクが高まります。企業の信頼性が損なわれ、顧客情報の流出や法的問題が発生する可能性があるでしょう。
DXの大きな障害となっている既存の基幹システム(ERPシステム)
レガシーシステムのうち、特に企業の主要な業務プロセス(会計、人事、販売、在庫管理など)を支える基幹システムの老朽化は、企業がDXを実現する際の大きな障害となっています。
既存の基幹システムは、独自で開発した企業もいれば、ERPシステムを導入している企業もいます。ERPシステムとは、会計、人事、在庫管理、販売管理などの主要な業務を一元管理し、データの統合とリアルタイム分析を可能にします。これにより、企業は迅速かつ的確な意思決定ができるようになり、業務の効率化とコスト削減を実現できるのです。
独自での開発しかり、ERPシステムしかり、レガシーシステムの特徴として、どちらの場合もオンプレミス環境(企業の自社サーバーやデータセンター)で運用されています。現在は、クラウド環境での運用が主流となっています。
クラウド環境はオンプレミス環境のシステムと比べて、柔軟性・拡張性が高く、継続的なアップデートが容易です。そのため、システムを刷新した場合、オンプレミス環境と比べて、再レガシー化しづらいという特徴があります。加えて、維持管理コストも低いというメリットも。そのため、基幹システムを刷新する際に、クラウド環境に移行する企業が多いです。
基幹システムの刷新・移行にあたって伴うリスク
基幹システムは、企業のさまざまな部門を統合し、業務プロセスを一元管理するために使用されます。そのため、以下のような複雑な問題が発生します。
・多岐にわたる要件定義
部門ごとに異なる要件を正確に定義する必要があるのですが、それぞれの部門が特有のニーズと要件を持っています。これらをすべて満たすシステムを設計することは難しいです。
・業務プロセスの調整
異なる部門間での業務プロセスの調整が必要です。新しいシステムに移行する際には、既存の業務フローを見直し、効率的なプロセスを再構築する必要がありますが、これは非常に手間のかかる作業です。
・関係者の合意取得
基幹システムの移行には、企業内の多くの関係者からの合意を得る必要があります。異なる部門や役職の間で意見が分かれることが多く、全員が納得する合意を取ることも難解な理由として挙げられます。
・データ移行の複雑さ
既存システムから新しいシステムへのデータ移行は、データの整合性を保ちながら行う必要があります。これには大量のデータのクレンジングやマイグレーションが含まれ、エラーが発生しやすいです。
・システム統合の困難さ
新しい基幹システムが既存の他のシステムと連携する必要がある場合、その統合は非常に困難です。異なるシステム間のデータ連携やプロセスの調整は、専門的な知識とスキルが必要になります。
外資系のERPシステムならではの課題
最近では、江崎グリコ社やユニ・チャーム社が基幹システムの刷新・移行で不具合やトラブルが発生していることが話題になっています。
参照:
・当社基幹システムトラブルに関するお詫び(江崎グリコ株式会社)
・ユニ・チャームで紙おむつなどの納品遅れ、基幹システム更新に伴う不具合(日経クロステック)
どちらもドイツ企業であるSAP社が提供する「SAP S/4HANA」への移行によるものです。SAP社の提供するERPシステムは、世界的にシェア率が高く、国内でも多くの企業が基幹システムとして採用しています。
「SAP S/4HANA」はオンプレミス型とクラウド型(パブリッククラウドまたはプライベートクラウド)の3種類あります。もともとはオンプレミス型のみを提供していましが、昨今のトレンドからクラウド型の提供も開始しています。
「Fit to Standard」と「Fit & Gap」
クラウド型システムの特徴として、基本的にカスタマイズがあまりできないことが挙げられており、業務をシステムに合わせる「Fit to Standard」という考え方が根底にあります。SAP S/4HANAのパブリッククラウドは「Fit to Standard」の考えに沿ったシステムで、カスタマイズの自由度がオンプレミス型と比べて低いです。
しかし、「Fit to Standard」が難しい企業も多いでしょう。そのような企業は、SAP S/4HANAのプライベートクラウドを利用します。こちらはできる限りの業務をシステムに合わせるものの、自社の業務に合わせてシステムの仕様を変更してギャップを埋めていく「Fit & Gap」という考え方が根底にあります。
「SAP S/4HANA」はグローバルスタンダード(世界標準のシステム)のため、日本の商慣習が合わず、基本的に国内の企業が導入するとなるとカスタマイズが前提です。そのため、プライベートクラウドを選択することになるのですが、一般的にカスタマイズが多いほど、トラブルのリスクは高まります。
海外展開にあたってグローバルスタンダードのシステムは必須?
それなら、国産のERPシステムを導入すれば良いと思われるかもしれません。しかし、そう単純な話でもないようです。
企業がSAPのような外資系の基幹システムを選択する理由の一つは、グローバルスタンダードとしての地位があります。SAPは世界中で広く利用され、国際的な規制や標準に対する適合性が高く評価されています。これにより、企業は国境を越えた業務展開や統合的なデータ管理が容易になります。海外展開を視野に入れている企業、力を入れている企業はグローバルスタンダードのシステムを選択しないと、国際競争で不利になります。このような理由で、海外でシェアが高いSAPのようなERPシステムを選ぶのです。
基幹システムの導入・移行事例
コマースピックでは、基幹システムの導入・移行した企業をインタビューさせていただいております。そのインタビュー内容をまとめましたので、参考にしてみてください。
I-ne社の事例
I-ne社は、会社の成長に伴い、在庫総量や原価などのデータをより正確に把握する必要性が高まり、基幹システムの導入を決断しました。
基幹システムの導入にあたって、想像以上に会社の成長が早かったため、当初定義した基幹システムの要件では対応できないデータが発生したそうです。7割程度の導入が完了していましたが、この段階で別の基幹システムにリプレイスされます。
また、WMSから基幹システムへのデータ連携が難航したとのこと。システムだけでなく、3PL(サードパーティーロジスティクス)の現場でも基幹システムに合わせた運用が求められたことも苦労したと言います。
基幹システムのデータを軸に現場運用を再構築する際、現場の負担を最小限に抑えるための体制を構築。物流の現場にも足を運び、3PLの事業者と打ち合わせを重ね、一番スムーズに移行が進むように調整されたそうです。
基幹システムの導入・移行では、システム担当者が現場の視点を持つことが重要です。物流の現場での実際の運用を理解し、基幹システムとの連携を考慮した運用体制の構築が成功に繋がったと話されています。
豊洲漁商産直市場の事例
全国の漁港から鮮魚を入荷し、飲食店などに卸している豊洲漁商産直市場。もともとオンプレミスの基幹システムを使用していましたが、システムの脆弱性や次世代への継承を考慮して、クラウドベースの基幹システムに移行することを決断されます。
既存の基幹システムは、データベース管理システム「FileMaker」で構築していました。このシステムは、担当者が市場で実際に働くことで現場の流れを体現し、作り上げたものだそうです。既存のFileMakerベースのシステムが持つ優れた点を新しいクラウドシステムに引き継ぎ、DXを実現します。既存システムがバトンを繋いでくれたことが成功の要因の一つだと話されています。
DXに際して、毎週オンラインミーティングを行い、システム会社の担当者に市場に何度も足を運んでもらったそうです。システム会社の担当者が市場の現場で一日中作業を見学し、実際の作業スピードや操作性を体感したとのこと。これにより、現場のニーズに合った提案が可能となったと言います。
全ての個別ニーズをシステム化すると膨大な量になるため、特殊な内容についてはアナログで対応するように設計しています。これにより、システムの過剰な複雑化を防いでいるのです。
最後に:業務・システムフロー図(ひな形)を配布中
以前、小売企業のDX推進について、企業が陥っている課題と実現に向けて、必要な心構えと知見について、CaTラボ社の逸見さんに伺いしました。
逸見さんは、DXにあたって「経営戦略」と「財務諸表」「業務・システムのフロー」を明確にすることが重要だと言います。難易度としては経営戦略を作ることが一番難しいですが、作業負荷が一番高いのは業務・システムのフロー図の作成とのことです。
逸見さんは、元セブン&アイHDのCIOである鈴木康弘さんに教わったやり方で、業務・システムフロー図を作成されています。横軸にプレイヤー(社内外の部署)を配置し、縦軸には業務プロセスの流れを時系列順に並べた図です。こちらひな形をいただいているので、DXにあたって参考にしていただければと思います。
▼逸見さんが利用している業務・システムフロー図(ひな形)はこちら
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