ECはなぜ途中で止まるのか 成果を急がず「三年計画」で育てる考え方
この記事の執筆者

石田 麻琴
株式会社ECマーケティング人財育成

早稲田大学卒業後、ECベンチャー企業に6年間勤務。ネットショップ運営者時代、マーケティング統括としてYahoo!ショッピング月間ベストストア8回受賞。全国第1位獲得。2011年、株式会社ECマーケティング人財育成を設立。ECを中心としたマーケティングチームの内製化を支援。BPIA常務理事。日本道経会理事。情報産業経営者稲門会役員。JDMC研究会リーダー。著書「ECMJ流!原理原則」シリーズ。ネットショップ担当者フォーラム連載。

株式会社ECマーケティング人材育成
https://www.ecmj.co.jp/

はじめに

こんにちは。株式会社ECマーケティング人財育成の石田です。前回は、この連載の趣旨とともに、「経営者にECの必要性を理解してもらうにはどうすればよいか」というテーマでお話ししました。

私は2005年から2011年までネットショップの運営に携わり、その後はECを中心としたマーケティングチームの内製化支援をコンサルタントとしておこなっています。これまで20年以上にわたり、ECの現場に関わってきました。

ご支援してきた企業の多くは、社歴50年、70年、中には100年以上という、長い歴史を持つ会社です。こうした企業では、既存事業でしっかりと基盤を築いたうえで、「新たな販売チャネル」としてECに取り組もうとされています。

ただ、こういった社歴の長い企業だからこそ起こる課題の「あるある」。そのひとつが、「ECに対する『期待値』が高すぎる」ケースです。第2回のテーマはこれでいきましょう。

世間の成功事例が期待値を押し上げる

ECに本格的に取り組もうと考え始めたとき、多くの経営者さんがまず目にするのは成功事例です。「たった数か月で売上が何倍にもなった」「広告を変えただけで大きく売上が伸びた」「地方の小さな会社でも全国に商品が売れるようになった」といった話は、さまざまなメディアやセミナーで紹介されています。

また、身近な経営者仲間から「ネットを始めたら調子がいいよ」といった話を聞くこともあるでしょう。そうした情報に触れると、「ECは全国のお客様に商品を販売できる」「インターネットは大きな可能性を持っている」「自社もすぐに成果が出るのではないか」という期待を抱くのは、ごく自然なこと。

もちろん実際に、ECには大きな可能性があります。地域に縛られず全国へ販売できること、営業時間という概念がなく24時間販売できること、広告やSNSを活用して今まで接点のなかったお客様と出会えること。既存事業の販売チャネルにはない魅力です。だからこそ、経営者さんがECに大きな期待を寄せるのもわかります。

しかし、その「期待の大きさ」こそ、ECが前に進まなくなる原因にもなるんです。ECの成功を阻む「組織的な壁」を理解しないままスタートすると、「思っていたより売れない」「思っていたより大変だ」という失望につながり、EC事業のプロジェクト自体が止まってしまうことも少なくありません。だからこそ「ECの期待値」を適切に設計することが重要なのです。

EC事業が止まる原因は「マーケティング」ではない

多くの企業が誤解することがあります。それは、「ノウハウがないからECがうまくいかない」という考え方です。もちろんノウハウは重要です。しかし、既存事業がある会社さんでは、マーケティングに取り組む以前の段階でEC事業が止まるケースが多いのです。

ECが計画通りに進まない理由。それは、マーケティングではなく「組織」にあります。 既存事業を続けながら、新しい販売チャネルであるECを育てていかなければならない。 この両立こそが最も難しく、そして事業が止まってしまうポイントなのです。

特に中小企業では、EC担当者が最初から専任になるケースは多くありません。営業も担当しながらECも担当する。店舗業務もしながらネットショップも運営する。総務や事務も兼務しながら受注を見る。こうした兼務体制からスタートする企業がほとんど。こういった場合、既存事業が繁忙期に入れば、当然そちらが優先されます。急ぎの案件が入れば、EC担当者も既存事業のフォローに回ります。結果として、ECのマーケティング活動が止まってしまいます。「計画はあるのに実行できない」という状態が生まれてしまうのです。

このような状況は、中小企業では珍しいことではありません。中小企業は、大企業に比べて組織がコンパクトであることが強み。経営者さんが意思決定をすれば、その日のうちに戦略の方針が変わることもありますし、人員配置も柔軟に変更されます。ただ、その「柔軟さ」がECを育てる上では逆に弱点になるのです。

既存事業で急な受注が入ったり、人手不足になったりすると、会社として「まずは既存事業を優先しよう」という判断になります。もちろん、その判断自体は間違いではありません。既存事業が会社の売上を支えている以上、優先順位が高くなるのは当然。ただ、その結果、EC担当者が既存事業へ戻され、ようやく動き始めていたECのマーケティング活動が止まる。

数か月後、既存事業が落ち着くと、「やっぱりECを頑張らなきゃいけないよね」という話になり、またECへ戻る。そしてまた数か月後、再び既存事業が忙しくなると、ECが止まる。これは既存事業の調子が良いときも、そして悪いときも同じように起こり得ます。そして、この「やったりやらなかったり」の繰り返しを何年も続けている会社さん、実はけっこう多いですよね?

こういった場合、もしかしたら会社としては「ECは成果が出なかった」という結論になるのかもしれませんが、本当に成果が出なかったのでしょうか。成果が出る前に、毎回プロジェクトが止まっているだけなのではないでしょうか。

この背景にはふたつの原因があります。

ひとつ目は、今回のテーマでもあるECに対する初期の「期待値」が高すぎること。ECを始めれば、半年、一年で売上が大きく伸びるのではないか。そんな期待を持ってスタートすると、現実とのギャップが大きくなります。

ふたつ目は、ECに対する解像度が低いことです。ECはECサイトを作れば売れるものではありませんし、広告を出せば必ず成果が出るものでもありません。商品ページを改善し、お客様の声を集め、アクセスデータを見ながら仮説を立て、改善を積み重ねる。そのサイクルを継続して初めて成果につながります。「売る仕組み」を少しずつ育てていく仕事です。

おすすめは「三年計画」で考えること

ECを「新しい事業の柱」を目指してスタートする会社さんにおすすめしたいのが、最初から「三年計画で考える」ことです。

もちろん、商品力やブランド力、そしてリアルでの認知によっては、もっと早く成果が出る会社もあります。しかし、まず「三年」という時間軸を持っておくことで、途中で「いったりきたり」の判断をしないようにして欲しいのです。

まずは黒字化ではなく「体制づくり」から

まず一年目は、「体制づくり」の一年になります。

この一年は、黒字か赤字かを評価基準にしないことが大切です。もちろん売上は気になると思いますが、見るべきなのは、会社に「ECのマーケティングに時間を使える体制ができたか」という点なのです。

受注処理や物流、お客様対応といったバックオフィス業務はもちろん大切ですが、それだけではEC事業の売上は伸びません。売上をつくるためには、お客様を集める活動、商品ページを改善する活動、データを分析する活動など、マーケティングの時間を確保する必要があります。EC事業の一年目はその時間をどう確保するか、組織で体験する期間です。

実際に進めていくと、「この業務は他の人でもできるのではないか」「ここは仕組み化できるのではないか」といった課題がたくさん見えてきます。それらをひとつずつ解決しながら、ECのマーケティングに向き合える組織をつくることが、一年目最大の成果になります。

勝ち筋を見つけるための「単月黒字化」

二年目は、「単月黒字」を目標にします。

年間を通しての利益を出すのは簡単ではありません。まずは、自社の商品が最も売れる時期に合わせて準備を重ね、その一か月だけでも黒字を出す経験を積むことが大切です。

例えば、母の日が強い会社であれば母の日、年末需要がある会社であれば年末商戦に向けて、数か月前から準備を進めます。オリジナルの商品を作成し、商品ページを整え、広告を準備し、お客様への情報発信を続ける。その結果として単月黒字を経験できれば、「こうすれば売れる」という成功体験とノウハウが社内に残ります。

その成功体験は、翌年以降のマーケティングへの大きな財産になります。

「年間黒字」で事業の安定を目指す

そして三年目は、年間黒字を目指します。

もちろん毎月黒字である必要はありません。12か月の中で黒字の月を増やし、年間で利益が残る状態をつくることが目標です。7勝5敗でも構いません。6勝6敗でも、年間で黒字になれば十分です。

ここまで来れば、ECは「新しい挑戦」ではなく、「会社の事業」として根づき始めています。4年目以降は、事業が安定してくるでしょう。

第2回のまとめ

現在のEC市場は、すでにある程度成熟した市場です。ある種の寡占状態ともいえますが、成熟しているからこそお客様はたくさん存在しますし、売れる可能性も十分にあります。

しかし一方で、すでにネットで成果を出している企業は、「花屋だから売れている」「スイーツ屋だから売れている」のではありません。「ネットで花を売る力」「ネットでスイーツを売る力」を長い時間をかけて身につけてきた会社なのです。そのような企業と競争する中で、本格参入一年目から大きな成果を期待するのは現実的ではありません。だからこそ、期待値を適切に設計することが重要です。

一年目は体制づくり。二年目は単月黒字。三年目は年間黒字。ぜひ、この時間軸でEC事業を育てていってください

経営者のみなさんには、三年間の投資計画を前提にECへ取り組んでいただきたいと思います。EC担当者のみなさんは、ぜひこの考え方を経営者にも共有してみてください。期待値が変われば、組織の動きも変わります。そして組織が変われば、ECのマーケティングの成果も着実についてくるはずです。

株式会社ECマーケティング人材育成
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