TikTokがライブコマースの次に狙うのは音声

「ライブコマース、うちもそろそろ始めるべきでしょうか」——2025年6月30日に「TikTok Shop」が日本で始まって以来、EC事業者の間でこうした声が聞かれるようになりました。
動画やLIVE配信を見ながら、その場で商品を買える。TikTokが「ディスカバリーEコマース」と呼ぶこの仕組みは、たしかにECの新しい入口です。
ところが当のTikTokは、すでに次の一手を打ち始めています。それが「音声」です。
前回の最後で「次回は何を話すかを設計する」とお伝えしましたが、その前にひとつ、どうしても取り上げておきたい動きがあります。世界最大級の動画プラットフォームが、なぜいま音声に賭けるのか。その理由がわかれば、あなたのブランドにも「音声」が無関係ではないと、クリアに思えてくるはずです。
吉田 喜彦
スタジオ・カグア!
代表
マーケター・IT講師として25年以上活動し、GMOメイクショップ、ナイル、NTTドコモなどで、EC・データ活用・人材育成に従事。『Googleアナリティクス基礎講座』(技術評論社)を出版。一方で、1999年のポッドキャスト誕生前のネットラジオ黎明期から音声コンテンツ制作に携わる。『マツコの知らない世界』テレビ出演、海外ゲーム企業の日本向けコンテンツ制作などを手がける。
2026年、音声制作スタジオ「スタジオ・カグア!」を設立。EC・マーケティングの知見と、20年以上の音声制作の経験を掛け合わせ、「"声"で顧客との信頼を築く」ポッドキャスト活用を、企業・EC事業者に提案している。
TikTokは「動画アプリ」ではなくなりつつある
「見る」「買う」「予約する」がアプリ内で完結する
日本では毎月数千万人が訪れるとされるTikTok。この1年ほどで、「見る場所」から「行動する場所」へと急速に姿を変えています。
TikTok Shopは、「おすすめ」フィードの動画やLIVE配信で紹介された商品を、アプリから出ることなく、その場で購入できる機能です。企業はショッピング動画で商品の特徴を見せ、また、LIVE配信では視聴者の質問にリアルタイムで答えながら販売できます。2025年10月にはShopifyとの公式連携アプリも登場し、自社ECを運営する事業者にとって接続のハードルが大きく下がりました。
さらに2026年5月には、旅行先やホテルを動画でチェックし、ワンタップで予約ページに進める「TikTok GO」の日本での本格展開が発表されました。楽天トラベルやAgodaなどと提携して7万以上の宿泊・体験サービスを扱い、日本での予約数は直近6か月で前期比270%増と公表されるほどの反響です。
共通するのは「アプリの外に出さない」設計
見る、買う、予約する。これらに共通するのは、「ユーザーをアプリの外に出さない」という設計思想です。
滞在時間が長ければ長いほど、商品と出会い、購入する機会が増える。
EC事業者に置き換えれば、集客から決済までを自社サイト内で完結させ、回遊率を高める発想とも言えます。
ただし、動画を軸にしたサービスには構造的な弱点があります。ユーザーが画面を見ていなければ、何も届かないという点です。どれだけ機能を足しても、「見てもらえる時間」そのものが増えなければ、アプリ内で完結できる行動には限界があります。
TikTokが考えているのは、この先にある、この課題を克服する一手です。
「見る」には限界がある~音声まわりの機能実装
一度は撤退した「Podcasts」機能
どれほど魅力的な動画も、満員電車の中や、料理や洗濯の最中には見てもらえません。1日のうち、人が画面を見ていられる時間には上限があります。TikTokはこの「画面を見ていない時間」にも、TikTokに接してほしいと考えたわけです。それが、音声まわりの機能充実です。
実はTikTokの音声への挑戦は、今回が初めてではありません。2023年には、アプリを閉じても動画の音声を聴き続けられる「Podcasts」機能のテストが報じられました。しかし、同年末にはテストの終了が伝えられ、1年を待たずして一度は撤退しています。
ショート動画の音声をそのまま流すだけでは、「聴くためのコンテンツ」にはならなかったのでしょう。動画のために作られた音は、画面とセットで初めて意味を持ちます。音声には音声のための設計が必要だ、ということを学んだのだと思います(実際、私がお手伝いしているビデオポッドキャストでも、動画視聴は全体の3分の1に留まります)。
「ラジオ」と「ポッドキャスト」で耳を取りに行く
流れが変わったのは2026年です。3月、TikTokは米国の大手音声企業iHeartMediaと組み、ラジオチャンネル「TikTok Radio」を全米28のラジオ局とiHeartRadioアプリで開始しました。あわせて、人気クリエイターがホストを務める最大25番組の「TikTok Podcast Network」も始動しています(いずれも米国での展開)。
注目したいのは、これらの番組がTikTokの中に閉じず、主要なポッドキャストアプリで配信され、TikTok上ではハイライトやクリップが流れるという点です。第2回で「1本のRSSがすべてに配ってくれる」とお話ししましたが、TikTokほどの巨人も、音声ではまさにその既存の仕組みに乗って「耳」を取りに行ったわけです。
アプリの中でも「聴く」「声で話す」が増えている
同じ3月には、Apple Musicと連携し、TikTokで見つけた楽曲をアプリ内でフル尺再生できる機能も発表されました。4月には、アーティストとファンが同じ曲をリアルタイムで一緒に聴く「リスニングパーティー」が日本で初めて展開されています。ライブコマースで培った「同じ時間に集まる」仕組みを、音声の世界に持ち込んだものとも言えます。
なおTikTokは、自前の音楽配信サービス「TikTok Music」を2024年11月に終了しています。ここでも「自前で全部やる」から「連携して聴く時間を取り込む」への転換が見て取れます。
そして2026年9月には、コメント欄で最大60秒の音声を録音して投稿できる「ボイスコメント」が発表されました。18歳以上のアカウントを対象に、日本を含むグローバルで順次提供されます。カメラをオフにして、クラブハウスのように複数人で、声だけでライブ配信を行う機能は、従来の「TikTok LIVE」でも可能でしたが、ボイスコメント機能の実装で、それらも再注目されることでしょう。
一つひとつは小さな機能追加に見えますが、並べてみると「見る」の外側へ向かいつつも、TikTok内での滞在を増やす、という一貫した動きであることがわかります。
重要なのは「コンテンツ」以上に「時間」
画面の時間は、もう奪い合いになっている
なぜTikTokは、一度撤退した音声にあらためて力を注ぐのでしょうか。私は、その本質は「コンテンツ」ではなく「時間」の獲得です。
プラットフォームの競争とは、突き詰めればユーザーの時間の奪い合いです。動画でユーザーと接点を持てるのは「画面を見ていられる時間」に限られます。とくにライブコマースは、配信している時間に、視聴者がその場にいなければ成立しません。同じ時間を、同じ画面の上で、無数のライバルと奪い合っている状態です。配信が終われば、その熱量も基本的にはそこで途切れてしまいます。
一方、第1回で紹介したように、ポッドキャストは「ながら聴き」で聴かれるメディアです。通勤、家事、運動。目はふさがっていても、耳は空いている。画面の時間を取り尽くしつつあるプラットフォームにとって、音声は最後に残された「まだ誰も取りきれていない時間」なのです。
第2回では、国内のポッドキャスト利用者が使う配信先の1位がYouTube(37.3%)だったことを紹介しました。動画プラットフォームが、すでに音声を聴く入口になっている。TikTokの動きは、この流れが他の動画プラットフォームにも広がっていることを示しています。「音声は音声アプリのもの」という境界は、もうなくなりつつあるのです。
ポッドキャストは、お客様の生活時間への「出張店舗」
これをEC事業に置き換えてみましょう。
ECサイトは24時間開いていますが、お客様の注意が24時間こちらに向いているわけではありません。ポッドキャストは、お客様の生活時間のなかに「出張店舗」を出すようなものです。売り場の面積を広げるのではなく、お客様と過ごせる「営業時間」を延ばす施策だと考えると、イメージしやすいはずです。
例)「北欧、暮らしの道具店」店長の佐藤と、スタッフのよしべこと青木がお届けする、隔週日曜配信ポッドキャスト番組「チャポンと行こう!」
https://open.spotify.com/show/3xwfFTjeoYyUYPinWv6AUF
この時間の取り合いでは、規模の大きさが必ずしも有利に働くとは限りません。小さくとも独自の世界観をしっかり伝え、ユーザーとの絆を深めている番組も少なくないのです。動画よりも配信の負担が少ないのもEC事業者には嬉しい点です。
TikTokでさえ一度は撤退し、既存のポッドキャストの仕組みに乗り直しています。一方、あなたのブランドが番組を始めるのに必要なのは、スマートフォンとホスティングだけ(できればマイクは欲しい)。聴いてくれるのは、すでにあなたの商品を知っている、関心を持っている人たちです。その人たちの「移動中の20分」「家事の30分」を毎週いただけるなら、それは広告枠を買うよりずっと濃い接触になります。
ライブコマースと音声は、どちらかを選ぶものではありません。LIVE配信は瞬間的に熱量を生み、ポッドキャストは細く長く接触を積み上げる。「動画で出会い、音声で深く付き合う」という導線は、そのままEC事業者にも応用できます。
最初の一歩は、LIVE配信やショート動画で話している商品の裏話を、音声だけで10分録ってみるだけで構いません。LIVEで何度も受けている質問があるなら、それを1本のテーマにしてもいいでしょう。録った音声をポッドキャストとして配信し、動画の中で「続きは音声で」と案内すれば、TikTokがiHeartMediaと組んで作ったのと同じ導線が、小さな規模で完成するはずです。
まとめ——巨人が狙う「耳の時間」に、先に旗を立てる
要点は3つ。①TikTokは、見る・買う・予約するを完結させる生活インフラになりつつあること。②「見る」の限界を超えるため、アプリの内外で音声を強化していること。③その狙いはコンテンツではなく、画面だけでなく「時間獲得」の最大化にあること。
TikTokが巨額の投資をしてでも取りに行こうとしている時間に、あなたのブランドはスマートフォン1台で旗を立てることができます。巨人が本気で取りに来る前のいまこそ、小さなブランドでも常連客をつくれる絶好の好機と言えるのではないでしょうか。
ちなみに、ポッドキャスト配信をするためにマイクを購入するとしたら、こちらがおすすめです。千葉県から全国に音響機器のEC事業を展開するサウンドハウスが独自ブランドでリリースしているダイナミックマイクです。声の収録に特化し、まわりの雑音をおさえながらも温かみのある音質で、ポッドキャストを配信できます。1本5000円未満でUSB接続できて取り回しも簡単で、おすすめです。
■Classic Pro CMU200 実機レビュー STUDIO KAGUA BLOG
https://studio.kagua.biz/blog/263.php
次回は、あらためて「何を話すか」を設計していきます。
スタジオ・カグア!:https://studio.kagua.biz/
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