
この記事の目次
はじめに──なぜ「ダークパターン」が問題なのか?
近年、消費者の意思決定を特定の方向へと誘導するWebサイトのインターフェイスやデザインが問題視され、「ダークパターン(Dark Patterns)」として国内外で調査や規制の動きが進んでいます。
一見すると巧妙なマーケティング手法に見えるこれらのデザインですが、実際には消費者の不利益をもたらすことがあり、結果としてトラブルや行政指導の対象になる可能性があります。
消費者庁はこうした「ダークパターン」の実態を把握すべく、2024年5月〜9月にかけて国内の主要なECサイトに関する調査を実施。その結果を2025年3月にレポートとして公表しました。本稿では、この調査報告に基づいて、EC事業者が注意すべき具体的なポイントを解説します。
ダークパターンとは何か?
「ダークパターン」とは、ユーザーインターフェイスの設計によって消費者を意図せず有害な意思決定へと誘導し、結果として事業者の利益につながるような商慣行を指します。
主な定義の例:
- 「誤解を招くようなデザインにより、意図しない行動をさせるもの」(Böschら、2016)
- 「設計者が心理学的知見を使って、ユーザーに不利益な選択をさせるもの」(Grayら、2018)
- 「消費者の自主性や選択権を損なうインターフェイス」(OECD、2022)
ダークパターンには明確な法的定義はありませんが、消費者の「自主的かつ合理的な選択」を妨げるデザインであることが共通項とされます。
海外・国内の事例紹介
EUの例
Amazonは、プライム会員の退会手続きが煩雑であると欧州委員会から指摘を受け、退会手続きを2ステップに簡略化しました。また、フランスでは通信機器販売会社がCookie同意画面で「同意する」ボタンを強調しすぎたため、GDPR違反で52.5万ユーロの罰金を科せられています。
米国の例
FTC(連邦取引委員会)は、ABC mouseやEpic Games、Adobeに対して、ダークパターンを利用したサブスクリプション契約や不要な課金についてそれぞれ訴訟を提起し、和解金・罰金を課しています。
日本国内の例
国内でも、特定商取引法や景品表示法に基づき以下のような事例が問題視されています。
- 定期購入をわかりにくく表示し、消費者に誤認させた通販サイト
- ステルスマーケティングを行った事業者に対する行政処分
- 通貨単位(¥表示)が日本円でなく中国人民元だったという例
- サブスク契約を意図せず締結させられた会員登録ページ
ダークパターンの分類と調査概要
調査対象と手法
今回の調査では、以下の2つの視点から、国内ECサイト計102サイトを選定して詳細に調査が行われました。
- 消費生活相談情報に基づくサイト(42サイト)
- 売上高に基づく代表的な通販サイト(60サイト)
各サイトについて、PCとスマートフォン両方の端末で実際に購入直前までの操作を行い、画面録画とスクリーンショットで証拠を収集。その後、OECDおよび日本独自の分類法をもとに、サイト上のダークパターンを判定・分類しています。
分類体系
ダークパターンは以下のような分類で整理されました(一部抜粋):
- 行為の強制(強制登録、強制的情報開示など)
- インターフェイス干渉(事前選択、偽りの階層表示、隠された情報など)
- 妨害(キャンセル困難、削除不能アカウントなど)
- スニーキング(隠れコスト、強制的継続など)
- 社会的証明(お客様の声、No.1表示など)
- 緊急性の演出(カウントダウン、在庫わずか表示)
- その他(みなし同意、未成年者の法定代理人同意確認など)
具体的なダークパターン事例紹介(抜粋)
以下では、ECサイトで特に頻出した事例を抜粋して紹介します。
■ 強制登録(Forced Registration)

解説:
商品の購入や問合せの際に、本来不要な会員登録を強制される、あるいはそう誤認させるデザイン。
実例:
- チャットで質問するだけなのに会員登録が必要
- 購入ボタンが会員登録画面の下部に隠れている
■ 事前選択(Preselection)

解説:
チェックボックスがデフォルトでON(選択済)になっていることで、ユーザーが意図せず追加オプションを選択してしまう状態。
実例:
- 初期状態で「メルマガを購読する」が選択済
- クレジットカード登録時にオプション保険が事前選択されている
■ 偽りの階層表示(False Hierarchy)
解説:
複数の選択肢があるにもかかわらず、事業者が望む選択肢(高額プランや定期購入)だけを目立たせるようなレイアウト。
実例:
- 定期購入のオプションが最も大きく目立つボタンで表示
- 解約ボタンが小さく、色も薄くされている
■ 隠された情報(Hidden Information)

解説:
解約条件や返金ポリシー、Cookie同意の内容など重要な情報がわかりにくい場所に隠されている。
実例:
- 返金不可の条件が、目立たない小文字で表示
- 利用規約がスクロールしないと見えない範囲にある
■ キャンセル困難(Hard to Cancel)

解説:
サービスの解約・退会が非常にわかりにくく、手間がかかる構造になっている。
実例:
- 解約にはコールセンターへの電話が必須
- 解約ボタンが5ページ以上先にある
■ お客様の声(Social Proof)

解説:
肯定的なレビューだけを強調して掲載し、消費者に誤解を与えるような演出。
実例:
- 「効果あり」といった声のみ掲載し、「※個人の感想です」の注意書きは極小表示

調査結果の傾向と分析
- 最も多かったパターンは「事前選択」(全体の75サイト)
- 「偽りの階層表示」(69サイト)、「お客様の声」(56サイト)、「強制登録」(45サイト)が続く
- 相談情報に基づく調査では、10個以上のダークパターンが確認されたサイトも8件
- 特定の業種では、すべてのサイトで「事前選択」が見られた
このことから、業界全体として「使いやすさ」や「販売促進」の名の下に、無自覚にダークパターンを用いている可能性が高いことが示唆されます。
政策的な対応とEC事業者に求められる視点
法制度との関係
調査で確認されたダークパターンの多くは、すでに日本国内の以下の法令と関連があります。
- 景品表示法:表示による誤認を誘う行為(例:虚偽の口コミ、No.1表示)
- 特定商取引法:解約や返品条件の不明瞭化、定期購入の表示義務違反
- 個人情報保護法:Cookie情報の不適切な取得、同意の不明確さ
- 特定電子メール法:同意なきメルマガ配信など
今後はさらにこれらの法律が改正・強化される可能性があり、「違法かどうか」ではなく「消費者に不利益を与えていないか」という視点での対策が求められます。
目立った3つの傾向
調査結果から見えるダークパターンの特徴は、以下の通りです。
(1)複数の分類を意図的に組み合わせている
例:「事前選択」と「偽りの階層表示」を同時に使い、ユーザーにとって不利な選択を目立たせる。
(2)同一または類似の事例が多い
テンプレート化されたECシステムに由来するケースが多く、「使い回し」が広がっていると推察されます。
(3)独自性のある新しい手口も登場
- 「みなし同意」:利用継続をもってCookieなどに同意したとみなす
- 「未成年者の法定代理人同意確認」:見た目だけで実質的な同意が得られていないケースも

今後の課題と事業者への提言
実証実験の必要性
ダークパターンが実際にどのように消費者の意思決定を歪めているのか、実験的な検証が重要だとレポートは指摘しています。
区別すべきポイント
- マーケティングとの線引き:効果的なプロモーションと、誤認誘導の違いを明確にする
- 脆弱な消費者への配慮:高齢者や未成年者、デジタルに不慣れな層などへの特別な視点が必要
- 利便性とのバランス:選択肢を見せるだけでなく、わかりやすく伝える設計が重要
まとめ:いま、EC事業者がとるべき対応
日本国内でも規制の動きが強まる中、EC事業者が今すぐ取り組むべきポイントを以下に整理します。
✅ ダークパターンチェックリスト(抜粋)
項目 | チェック内容 |
強制登録 | 購入に本当に会員登録が必要か?別ルートを案内しているか? |
偽りの階層表示 | 利用規約や解約の選択肢が十分に目立っているか? |
事前選択 | チェックボックスの初期状態が「未選択」になっているか? |
Cookie同意 | 「同意・不同意・カスタマイズ」など明確な選択肢を提示しているか? |
解約手続き | 入会よりも簡単な退会方法を設けているか? |
消費者との信頼関係は、売上や会員数といった数値では測れない、長期的なビジネス基盤となるものです。売上のための「仕掛け」よりも、正直で公平な設計こそが、ECビジネスの継続的な成長につながるのではないでしょうか。
いま一度、自社サイトのUI・UXを点検してみてください。それが、将来のトラブル予防にもつながります。
あわせて読みたい