「書店ゼロ」の自治体が全国に493!? 消えゆく本屋を救う経産省の政策とは

地域文化の灯を守れるか──減少が続く街の書店

「最近、近所にあった書店が閉店してしまった」。そんな声を耳にしたことはありませんか?かつて学校帰りに立ち寄り、偶然の出会いをくれた街の本屋が、いま全国で急速に姿を消しつつあります。

経済産業省など関係省庁が取りまとめた「書店活性化プラン(令和7年6月)」によると、国内の書店数は2014年の14,658店から2024年には10,417店まで減少。この10年間で、約3割もの書店が姿を消した計算になります。

さらに衝撃的なのは、全国の493自治体(約28%)には、書店が一軒も存在しないという現実です。特に高齢者や子どもなど、電子書籍やインターネットに慣れていない層にとって、紙の本に触れる機会自体が失われている地域も少なくありません。

書店が減っている背景には、雑誌・書籍の販売不振があります。特に書店経営を支えてきた雑誌の販売額は、1996年の1兆5,633億円をピークに減少を続け、2024年には4,119億円まで落ち込んでいます。わずか四半世紀で約4分の1にまで縮小したのです。

さらに、読書人口の減少も深刻です。高校生の約2人に1人(48%)が「月に1冊も本を読まない」とされ、文化庁の調査では成人の約6割が「1か月に1冊も読まない」と答えています。読書をする人が減り、本を買う人も減る——こうした悪循環が続けば、地域における読書文化の土壌そのものが失われかねません。

しかし、書店は単に本を売る場所ではありません。多様な思想や価値観に触れる場であり、創作の源泉であり、作家や出版社とのつながりを生み出す場所でもあります。そして何より、地域の知的資源を支える「文化の灯」でもあるのです。

では、このまま書店が減り続けるのを黙って見過ごすしかないのでしょうか?経済産業省は2024年3月、書店振興プロジェクトチームを発足。ヒアリングやパブリックコメントを通じて現場の声を集約し、2025年6月に関係省庁とともに策定・発表したのが「書店活性化プラン」です。

このプランでは、書店が直面している課題を次の5分類に整理し、計29項目の支援策を明示しています。

【Ⅰ】読書人口減少・書店の魅力向上に関する課題

まず最大の課題は、読書人口の減少書店自体の魅力の低下です。

書店の販路開拓を後押し

来店者の減少に対応し、新たな販路や事業モデルに挑戦する書店を「小規模事業者持続化補助金」や「新事業進出補助金」で支援します。

読書推進人材の育成

絵本や朗読を通じて読書を楽しむきっかけを広げるため、「絵本専門士」や「読書アドバイザー」などの人材の育成・周知を強化。とくに幼児・子どもへの働きかけを重視しています。

地域と連動したイベント支援

地域の文学館や図書館、書店が連携し、読書会や展示会を実施する取組に対し、文化庁が補助事業を通じて支援。観光資源と連動した「まちぐるみの読書体験」が期待されています。

クリエイター支援による“読んでみたい”作品の創出

若手クリエイターを育成・支援し、魅力あるコンテンツを国内外に発信。海外評価の高まりが逆輸入的に国内での認知を高め、書店の売上向上にも寄与します。

活字文化の海外展開

翻訳支援や海外ライセンス費用の補助などを通じて、日本の作品を海外へ。こうしたグローバル展開によって、国内での再評価・再需要の創出も狙います。

書店のリノベーションも支援対象に

空間の魅力を高めるため、まちづくりファンドを通じたリノベーション資金支援も用意されています。カフェ併設型書店やイベントスペースのある本屋といった新たな業態を後押しします。

【Ⅱ】地域における書店と図書館・自治体との連携

読書環境の“共創”を促す協議会設置

文部科学省は、書店、図書館、学校、NPO、自治体などが連携する「協議会」を設置し、読書機会の創出や人材育成、地域活性化を進める新たなモデルづくりを支援します。

図書館と書店の役割分担を再整理

書店からは「図書館が新刊を貸し出すことで販売に影響している」との懸念もありました。これを受けて文科省は、複本購入(同じ本を複数館に購入)や納入方法などの実態調査を実施予定。図書館と書店が補完し合う関係を築くための検討が始まっています。

図書館・書店連携の好事例も生まれつつあるものの、全国的にはまだ限定的です。プランでは、こうした取組が“点”ではなく“面”に広がるよう、仕組みと制度を整えていく方針が明示されています。

【Ⅲ】業界慣行における課題──返品と再販の壁

書店経営を語る上で避けて通れないのが、返品制度と再販売価格維持制度(再販制度)の問題です。

高い返品率が経営を圧迫

書店では売れ残った本を出版社に返品できますが、その返品率は、書籍で33%、雑誌で44%にものぼります。これはサプライチェーン全体の大きなコスト要因となっており、適正な配本と返品抑制は喫緊の課題です。

このため経産省は、業界横断の研究会を立ち上げ、返品を抑える仕組みづくりを議論していきます。

“定価販売”の見直しは可能か

再販制度では、出版社が書籍や雑誌の価格を固定することが認められており、書店側が自由に割引などを行うことはできません。制度の趣旨は文化水準の維持ですが、経営上の柔軟性が損なわれているとの指摘もあります。

このため公正取引委員会は、出版社や業界団体に対して、

  • 書店の利益確保に配慮した価格設定
  • 書店側のマージン比率の見直し

などを促す方針を表明しました。

加えて、「時限再販(発売後一定期間のみ定価)」や「部分再販(非再販商品との併用)」といった弾力運用を広げることも課題とされており、今後さらに業界への働きかけが進む見込みです。

【Ⅳ】経営における効率化・省力化の課題

読書離れや文化の衰退といった抽象的な課題だけでなく、街の書店は日々のオペレーションにおいても、現実的な“壁”と戦っています。それが、業務効率化の遅れと経営コストの負担です。

書店業界は、1日あたり約200タイトルもの新刊が流通する多品種少量生産の世界です。しかし、POSレジや在庫管理システムの導入が遅れており、棚卸や発注に大きな手間がかかっているのが実情です。

RFID導入で棚卸を効率化

経産省と中小企業庁は、RFID(無線ICタグ)の導入を支援。これにより、棚卸業務の省力化や万引き防止、販売データの活用が可能になります。特に小規模書店にとって、RFIDは利益構造を見直す鍵ともなり得ると期待されています。

DX支援と自動化設備への補助

IT導入補助金により、POSレジや受発注システム、自動精算機などの導入も後押しされます。DXの第一歩を踏み出すハードルが、ようやく下がりつつあります。

雑誌の付録組み作業への配慮

ファッション誌などに見られる「本体と付録が別送」の形態は、書店側に大きな負担をかけています。これに対し、書店側が出版社らに取扱手数料やマージン増を求めることに関し、公正取引委員会は独占禁止法上の留意点について相談対応を行うとしています。

【Ⅴ】新規開店とキャッシュレスの課題

最後に、街の書店を「なくさない」ための支援だけでなく、「新たに作る」支援も本プランでは重視されています。

新規出店を支援する制度

楽天ブックスネットワークの「Foyer」など、少額仕入れに対応した仕組みの登場により、個人が書店を開業しやすくなっています。これを後押しする形で、政策金融公庫や信用保証協会が「創業資金」「スタートアップ融資」を提供。ショッピングセンターや駅ビルへの書店誘致も含め、開業機会の創出が期待されています。

書店の事業承継を支える仕組み

高齢化が進むなか、事業承継・M&A補助金により、後継者難に悩む書店のバトンタッチを支援。書店の“文化”と“棚”を、次世代へと繋ぐ流れを促進します。

キャッシュレス時代の書店経営

手数料3%台が大半を占める中小書店のキャッシュレス決済は、経営を圧迫する大きな要因です。これに対し、VISAやMasterCardなどのインターチェンジフィー(原価部分)が1~2%台に引き下げられた現状を周知し、より低廉な決済サービスの利用を促進しています。

また、日本政策金融公庫では、キャッシュレス決済による資金繰り難に対応する低利融資制度も整備。入金サイクルの短縮など、多様な決済手段の活用も後押しされています。

本を読む人を、街で育てるために──いま問われる“もう一歩”

政府による支援策は、実に多角的です。販路・人材・文化・制度・デジタル・創業・決済──あらゆる側面から街の書店を支える仕組みが設計されました。

しかし、プランにはこうも書かれています。

「これらの課題の他に民間で解決すべき課題もあるものと考えられ、こうした課題については、今後、民間主導で解決が図られることを強く期待している。」

支援の土台は整いました。あとは、地域住民や書店経営者、そして本を愛する読者ひとりひとりの「やってみたい」という意志が問われています。

街の書店は、ただの小売店ではありません。人と人、本と物語、街と文化をつなぐ知のインフラです。

本を読む人を、街で育てる。そのために、今、私たちができることは何か。この「書店活性化プラン」は、その問いに対する第一歩なのかもしれません。

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